・リビング

朝、テレビをつけながら朝食の支度をしている祐(ひろ)
そこへ眠い目を擦って顕示(けんじ)が起きてくる

顕示 「おはよー…」
祐  「おはよう。なに、また遅くまで仕事だったの?」
顕示 「うんー…シフト変更になって…ねみぃ…」
祐  「それでまた朝から?体壊すよー?って、そうだ新聞取ってきてー」
顕示 「ん?うーん…」

のそのそと玄関に行く顕示
祐、焼けた目玉焼きを皿に移してテーブルへ運ぶ
ふとテレビに目をやるとニュースが流れている

キャスター『ただいま入ってきたニュースです。午前七時四十分頃』



・リビング

玄関から新聞を持って顕示が戻ってくる
テレビを見たまま動かない祐

顕示 「なに?なんのニュース?」
祐  「……」
キャスター『ヘリコプターに乗っていたのは運転士の高島洋二(たかしまようじ)さん。会社員の高梨健輔(たかなしけんすけ)さん。同じく会社員の佐々木毅(ささきつよし)さんで、乗っていた三人は死亡が確認され──』

顕示、持っていた新聞を落とす

顕示 「……」

黙ってテレビから視線が動かせない二人
突然、家の電話が鳴る
それに一瞬驚いて顕示が振り向くと
二人の携帯電話も鳴り出す
顕示、家の電話の方へ行き受話器を取る

顕示 「もしもし」

祐、黙ったままテレビの前から動こうとしない



・リビング

電気のついていない薄暗い部屋で
健輔の服を畳んでいる祐
そこへ顕示が帰ってくる

顕示 「なに、電気もつけないで」

電気をつける顕示

祐  「え?あぁ…ほんとだ。さっきまで明るくて」
顕示 「……」
祐  「それ、顕示の。持って行って」
顕示 「うん。なぁ、どっかいかねぇ?祐さ、全然外出てないだろ?」
祐  「どこかって?」
顕示 「どこでもいいよ。行きたいとこないの?俺車出すし」
祐  「行きたいとこか…」

祐、健輔の服を持って立ち上がる

祐  「わかんない」

祐、笑っているが悲しい顔をしている
それを見て何も言えなくなる顕示

顕示M「先日俺の兄貴が死んだ」



・ベランダ

煙草を吸いながら下の街を眺めている顕示

顕示M「仕事で朝からヘリに乗っていたらしい。そのまま落ちて一瞬でいなくなった。俺と祐と兄貴は、幼馴染で何をするにもずっと一緒だった。祐と兄貴はいつの頃からか所謂恋人同士になっていて、それでも俺達三人は同じ家で暮らしてた」

リビングでぼーっとしている祐

顕示M「兄貴は帰ってこなかった。だから祐はいつまで経っても兄貴の帰りを待っている。死んだことを信じようとしていない。言わなくても分かる」

澄んだ空に向かって煙草の煙を吹きかける

顕示M「祐は俺の気持ちを知らない」



・リビング

顕示帰ってくる
祐、ソファに座ってボーっとしている

顕示 「ひろー!ただいま!」

小さなケーキの箱を持っている顕示

祐  「おかえり」
顕示 「これさ、母さんが持ってけって。食おうぜケーキ。祐どれがいい?」

言いながら箱を開けて中身を見る顕示

顕示 「うまそー。あ、モンブランがある。祐モンブラン好きだろ?これにする?」
祐  「……」

出来るだけ元気をつけようとしている顕示
それに対してあまり反応をしない祐

顕示 「……。祐。おばさん心配してたよ。顔出せって」
祐  「……」
顕示 「まぁ…別にいいけどさ。まだ時間そんなに経ってないし」

顕示、ショートケーキを持って隣に座る
かぶりつく

祐  「健輔、なんで帰ってこないんだろう」
顕示 「え?」

祐の言葉に驚く顕示

祐  「俺のこと、もう好きじゃなくなったのかな…」
顕示 「祐?」

顕示の方を見る祐

祐  「俺なんかしたっけ?……顕示なんか聞いてる?健輔、俺になんか怒ってた?」
顕示 「え……」

顕示M「祐の泣きそうな顔に、俺は何も言えなくなった。俺の入る隙間なんか、兄貴がいなくなった今でもどこにも無いんだと思い知らされる。祐の見ている場所には、もう何も無いのに」



・リビング

顕示、寝癖頭で起きてくる
キッチンで弁当を作っているスーツ姿の祐

祐  「おはよう」

祐、笑っている

顕示 「お、おはよう。祐、仕事行くの?」
祐  「何言ってんだよ。行くよ?これ、弁当。作ったから」

テーブルの上に並べられている弁当が三つある

顕示 「……」
祐  「俺今日遅くなるからさ。顕示は?」
顕示 「え…あぁ、俺今日八時まで…」
祐  「そっか、鍵。ちゃんと閉めとけよ?」
顕示 「う、うん…」
祐  「どうしたんだよ?元気ないな。ちゃんと寝てんのか?」
顕示 「え?いや、寝てるよ。うん」
祐  「?変な奴。じゃあ俺行くから!」
顕示 「うん。いってらっしゃい」

祐、上着を着て楽しそうに出かけていく

顕示 「急に…どうしたんだ…?」



・店

お昼過ぎ、カウンターでコップを拭いている顕示
客が入ってくる

顕示 「いらっしゃいませー」
智宏 「うぃーっす」

手を上げて入ってくると顕示の前に座る智宏(ともひろ)

顕示 「あぁ、智宏。おつかれ」
智宏 「おつかれーっす。俺いつもので」
顕示 「ん」

顕示、水を出して料理の支度を始める

智宏 「あ」
顕示 「ん?なに」
智宏 「いや、さ。うーん…」

言葉を濁す智宏

顕示 「何だよ。気になんだろ」
智宏 「こんなこと言っていいのかわかんねぇんだけど」
顕示 「うん?」
智宏 「祐さんさ、新しい人できたの?」

顕示、手を止める

顕示 「え?」
智宏 「あー…やっぱしらねぇか…いや、そうだとはわかんねぇよ?」
顕示 「なんか見たの?」

顕示、また手を動かし始める

智宏 「結構最近見かけんだけどさ。っつーか目撃情報も耳に入ってくるんだよな」
顕示 「そう」
智宏 「あー…うん。聞きたくなかったか…」
顕示 「いや。別に」
智宏 「ぅぅ……」
顕示 「良かったよ」

智宏の前にホットサンドウィッチを出す

智宏 「え?」
顕示 「最近元気いいんだあいつ。弁当二つ持っていくんだよな、仕事場に。兄貴いたときみたいで、良く笑うようになったし。祐が幸せならいいよ」

顕示、微笑む

智宏 「そっか…うん。それならいいんだけど」

口にほうばりながら申し訳なさそうに言う



・リビング

顕示帰ってくる
全身鏡の前で服を選んでいる祐

顕示 「ただいま。なに、どっか出かけんの?」
祐  「おかえり!なぁこれどっちがいい?」
顕示 「はははっ!女の子かよお前は!」
祐  「だって決められないんだよ。なぁどっちがいい?」
顕示 「うーん。どっちでも似合うけど、俺はそっちの方が好きかな」
祐  「そう?じゃあこっちにしようかなぁ」

祐、楽しそうに笑っている
その姿を見て微笑むが、どこか悲しそうにする顕示



・リビング

朝、起きてリビングに行くと
テーブルの上に弁当と置手紙がある

祐  『今日も遅くなります。戸締り気をつけて』

顕示、それを見て微笑む



・店の前

仕事を終えて店から出ると智宏がいる

顕示 「よう。どうしたんだよ」
智宏 「顕示……」
顕示 「?なんかあったのか?そんな顔して」

智宏、思いつめたような表情をしている
智宏の傍に行く顕示

顕示 「なんだよ…」
智宏 「お、俺…ちょっとおかしくなったのかも…」
顕示 「はぁ?なに、どういう意味」
智宏 「さっき…祐さんに会ったんだ……」
顕示 「うん」
智宏 「その、恋人と一緒にいて…俺、声かけたらさ……」
顕示 「うん?」
智宏 「その……」
顕示 「なんだよ……?」
智宏 「や、やっぱり俺の見間違いかもしれないし!」

急に焦りだす智宏

顕示 「おい!どうしたんだよ?しっかりしろ!」
智宏 「で、でも祐さんが……」

智宏、微かに震えている
それを見て顕示、智宏の肩を掴んで顔を覗き込む

顕示 「智宏。しっかりしろよ。祐がどうしたんだ?」
智宏 「健輔さんと…一緒にいた……」
顕示 「え?」

顕示、何を言っているんだという顔で智宏を見る

智宏 「や、やっぱり見間違いだよな」

智宏頼りなさそうに笑う

顕示 「何言ってんだよ。兄貴はもう…」

言いながら肩から手を離す

智宏 「そ、そうだよな……でも……」
顕示 「でも…?」
智宏 「ごめん!俺も何がなんだかわからなくて!でも!」
顕示 「智宏…」

智宏、自分の髪を掴む

智宏 「顔も!声も!健輔さんだったんだよ!俺が見間違うはずないだろ!?それに……祐さんが…健輔って…呼んでた………」
顕示 「なっ……」
智宏 「なぁ!」

智宏、顕示の服を掴む

智宏 「健輔さん死んだよなぁ!?この間、葬式したよなぁ!」
顕示 「あ、あぁ…」
智宏 「だったらなんでいるんだよ!一緒に…!なんで笑いながら手繋いで歩いてんだよ!」
顕示 「……」
智宏 「俺……おかしくなったのか……?なぁ…」
顕示 「……」
智宏 「どうしているんだよぉ……」

智宏、地面にへたり込む
その場に立ち尽くす顕示



・実家(回想)

幼い健輔と顕示がいる
顕示、泣いている

顕示 「俺もそれ欲しい!」
健輔 「でも……」
顕示 「欲しいよ!」
健輔 「……」
顕示 「ぅぅっ…ひっく……」
健輔 「いいよ。顕示にこれあげる」

健輔、持っていたロボットの人形を顕示に渡す

顕示 「え…?ほんとに…?」
健輔 「うん。俺だけだったら顕示が悲しいもんな」

健輔、優しく笑っている

顕示 「やったぁ!兄ちゃんありがとう!」



・リビング

テレビも付けずにソファに座って煙草を吸っている顕示

顕示M「昨日夢を見た。幼い頃の夢。昔から兄貴は俺になんでも譲ってくれた。親にお兄ちゃんなんだからと言われたわけでもなかった。ただ、いつからか、俺のわがままには何でも笑って差し出してくれていた。それでも祐だけはそうはしてくれなかった。一度だけ言われたことがある」

ふぅっと息を吐く

顕示M「祐だけは譲れないと。兄貴は俺の気持ちに気がついていた。なぁ、今でもそうなのか」



・公園

街灯の下で立っている顕示
他には誰もいない
俯いて地面を見つめていると笑い声が聞こえてくる

顕示 「……」

その方向を見ると、祐と誰かがこちらに歩いてくる

顕示 「うそだろ……」

あちらは気がついていない
無意識のうちに近づいていく顕示
二人の前に立つ

祐  「けん、じ……」

祐、驚きを隠せないでいる

顕示 「なんで……」
祐  「……」

祐、どうすればいいか分からなくなり、
男の顔を見る

顕示 「なんでいんだよ……兄貴……」

健輔、悲しそうに微笑む

顕示 「なんでだよ!なんであんたがここにいるんだ!」
健輔 「……」
顕示 「なんとか言えよ!」

顕示、健輔の胸倉を掴む

祐  「顕示!やめろ!」
顕示 「おかしいんだよ!あんたがここにいるはずないんだよ!」
祐  「顕示!」
顕示 「どうして……」

顕示、健輔の表情を見て涙を零す

祐  「せっかく帰ってきたのに……なんで喧嘩なんかするの…?」
顕示 「え……?」
祐  「俺が悪かったんだよ。喧嘩しちゃってさ、それで健輔俺に気使って帰って来なかったんだって。でももう大丈夫だよ?もう仲直りしたから。だからまた三人で一緒に暮らせるんだよ。元通り」

祐、笑っている

顕示 「なに……言って……」
祐  「もっと早くに言えばよかったんだけど、健輔がさ顕示に言ったら怒るからまだ言うなって。でももういいだろ?」

祐、健輔に笑いかける

祐  「ほら、帰ろう。三人で」

祐、顕示に手を差し出す

顕示 「やめろよ!」

叫びながら手を振り払う

顕示 「祐!何言ってんだよ!一緒になんか帰れないんだ!」
祐  「顕示…?」
顕示 「兄貴は」

健輔、悲しげに微笑む

顕示 「兄貴はもう死んでんだよ!」
健輔 「……」
祐  「何言って──」

顕示、祐の肩を掴む

顕示 「おい祐!しっかりしてくれよ!兄貴は死んだんだ!葬式だってしたじゃないか!」
祐  「そう、しき…?」

顕示、泣きながら叫ぶ

顕示 「あぁそうだ!あの朝!兄貴はヘリで落ちて死んだんだ!もういないんだよ!」
祐  「変なこと言うなよ!」
顕示 「祐」
祐  「健輔はここにいるじゃないか。なんでそんなこと言うんだよ。いくら兄弟でもそんな冗談通じないぞ!健輔に謝れ!」

祐、顕示を涙を溜めた目で睨みつける

顕示 「祐…祐…お願いだから目を覚ましてくれ…これは兄貴じゃない…兄貴は死んだんだよ…こんなの兄貴じゃない!」
祐  「顕示!お前……最低だ!」

祐、泣きながら走っていく

顕示 「祐!」

追いかけようとするが、踏みとどまって健輔を見る

健輔 「……」
顕示 「くそっ…!」

追いかけていく顕示



・家の前

玄関に飛び込んでいく祐
それを追いかけて入る顕示



・廊下

自室に飛び込んでいく祐
入ると同時に鍵を閉める

顕示 「祐!祐!開けてくれ!」

ドアを叩く

祐  「うるさい!」

祐、泣きながら叫ぶ

顕示 「祐……」
祐  「どうしてあんなこと言うんだよ……せっかく帰ってきてくれたのに…」
顕示 「祐…帰ってきてなんかないんだ…兄貴は本当に…」
祐  「まだそんなこと言うのかよ…なんで…なんで…健輔は確かにいるじゃないか…それなのに……」
顕示 「違うんだ…あれは兄貴じゃない。だって兄貴は」
祐  「だったらあれは誰だよ!?健輔じゃなかったら、あれは誰だ!?」
顕示 「わかんねぇよ…俺だって!でもあれは兄貴じゃないんだ!」
祐  「なんだよそれ……わけわかんねぇ……」
顕示 「……」

しばらく扉越しに黙る二人
顕示、扉を背に座り込む
俯いていると目の前に影が出来る

顕示 「っ……」

ゆっくりと見上げるとそこには健輔が立っている

顕示 「兄貴……」

顕示を見下ろして少し微笑んでいる健輔
それを見て首を振る顕示

顕示 「嫌だ…やめてくれ…お願いだ……あんたもう死んでるんだろ…どうして今頃出てくるんだよ…」

涙を流しながら立ち上がり、健輔の服を掴む

顕示 「なんで……死んだりなんかすんだよ…」

そのまま額を健輔の胸に当てる

顕示 「祐になにするつもりなんだ…あいつ騙して…どうするんだよ…」
健輔 「祐だけは譲れないよ…」
顕示 「え?」
健輔 「祐は俺のものだから。祐だけはお前には渡せない」
顕示 「兄貴……」

健輔、顕示をすり抜けて扉の中に入っていく

顕示 「兄貴!」

部屋の中から声がする

祐  「健輔……健輔…」
顕示 「祐!おい!ここ開けてくれ!お願いだ!」

扉を叩く

顕示 「やめろ!おい!兄貴!祐を連れて行くな!」

ドアノブを狂ったように引っ張り
扉を無理やり開けようとする

顕示 「祐!開けてくれよ!しっかりしろ!」
祐  「健輔……もうどこにも行かないでくれ…」
顕示 「くそっ!」

思い切りドアを蹴る
ドアが開く



・部屋

窓が開いていて、そこから風が吹き込んでいる
カーテンが揺れている
その前に祐、倒れている

顕示 「祐…ッ」

顕示、祐の元へ駆け寄る
抱き寄せると意識が無い

顕示 「祐っ!祐!しっかりしろ!」

呼ぶが目を覚まさない

顕示 「兄貴…なんでだよ…!あんたがいなくなったって祐が俺のものになることなんか一生ないんだよ!……祐を…返してくれ……」

カーテンが揺れる

顕示 「祐……」



・病室

ベッドの上で眠っている祐
医療機器の機械音だけが部屋に響いている



・病院の廊下

花の入った花瓶を持って祐の病室へ向かう顕示
誰もいない廊下、祐の病室の前に立っている男を見つける

顕示 「……」

部屋の中へ消えていく男

花瓶を手放し無音のまま駆け出していく顕示



・病室

医療機器のエラー音が鳴り響く中
ベッドの上で幸せそうに微笑みながら眠っている祐





おわり



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