・縁側

風が吹く
了司(りょうじ)、縁側に座り庭の木を見つめている
烏が空を飛んでいる
呟くように歌う

了司 「かーわい、かーわいとなくーんだよー……」



・廊下

家の中でかくれんぼをしている子供達
了司、こそこそと走っている

子供 「いーち、にーい、さーん…」

誰もいない、静かな広い廊下を隠れるところを探しながら歩く了司

了司M「この家には犬がいる」

廊下の突き当たりに小さな隠し扉を見つける

了司 「……」

静かに扉を引く



・座敷牢

大きな座敷牢の中に長襦袢を着た男がいる

了司M「美しい、犬がいる」

了司 「……」

男、了司に気がつき静かに微笑む
遠くで子供の声が聞こえる

子供 「もーいいーかい」

了司、戸を閉めると牢に近づき、男の前に立つ

了司 「お前…どうしてここにいる?」
男  「……」
了司 「言葉が話せないのか?」
男  「……いえ…」
了司 「では質問に答えろ。どうしてここにいる?」
男  「……」

俯いている男

了司 「父様(ととさま)に囚われているのか」
男  「……」
了司 「……。名は、なんと言う」
男  「……信之助(しんのすけ)と申します…」
了司 「信之助…か…。私は」
信之助「了司…様……」

静かに了司を見ると微かに微笑む

了司 「……」

了司、檻の前に腰を下ろすと信之助を見る
肌が露出しているところから小さな痣が見える

了司 「どのくらいここにいるんだ」
信之助「…わかりません」
了司 「わからない?」
信之助「はい」
了司 「随分長い間ここにいるのか?」
信之助「はい」
了司 「そうか」
信之助「はい」
了司 「……」

足音が聞こえてくる
了司、立ち上がり戸の方へ

了司 「また来る」

信之助、静かに笑う

信之助「はい」



・広間

廊下から現れる了司

子供 「了司様、見ーっけ」
了司 「……」
子供 「了司様?」
了司 「あ、あぁ…」
子供 「どうかなさいましたか?」
了司 「いや、なんでもない。部屋に戻る」
子供 「そうですか。分かりました」

了司、少し行って立ち止まり、振り返る

子供 「?」
了司 「この家には……」
子供 「はい」
了司 「……。いや、なんでもない」

歩き出す了司

子供 「…?」



・大広間

両親と食事をしている了司
食事をぼーっとを見ている

父  「……了司。聞いているのか?」
了司 「え?あ、すみません。ぼーっとしていました…」
父  「来月のお前の誕生日の話をしているんだ」
了司 「はい」
父  「お前も十二になる。何か欲しいものはないのか?あぁ…そうだ。女を連れてこよう」
了司 「いえ、私は…」
父  「いいや、お前ももう十二だ。女の一人や二人知っておくべきだ」

父、声に出して笑う

了司 「……」



・台所

女中が食事の後片付けをしている
そこへ了司が顔を出す

了司 「あの」
女中 「了司様。どうされましたか?」
了司 「さっきの」
女中 「はい?」



・廊下

了司、お膳を持って座敷牢に入っていく



・座敷牢

信之助、檻に寄りかかっている
了司に気がつき、座りなおす

了司 「これ、食え」

檻の前にさっきの食事を出す

信之助「いえ、私はきちんと食事をいただいておりますので」
了司 「気にしなくていい。どうせろくな物を食べていないんだろう?」
信之助「いえ、私には十分な」
了司 「いいから食え」
信之助「……」

俯く信之助
了司、ため息をつく

了司 「だったら命令だ。食わなかったら父様に言いつけるぞ」

信之助、少し笑う

信之助「……分かりました」

了司、ばつの悪そうな顔をする

信之助「いただきます」



・座敷牢

信之助、手を合わせて食事を終える

了司 「美味かったか?」
信之助「はい。とても」
了司 「そうか。それはよかった」

了司、無邪気に笑う
信之助も静かに微笑み、それを見ると
首筋に新たな痣ができているのを見つける

了司 「……。お前は、どこの生まれだ?」
信之助「この町の生まれでございます」
了司 「そうか。何をし……あ、いや、いい。幾つになる」
信之助「……わかりません…」
了司 「?自分の年もわからないのか」
信之助「どのくらいの月日が過ぎたのか、わからないのです」
了司 「……そうか…。では、ここに来た時は幾つだった?」
信之助「十五の時でございます」
了司 「十五…そうか…」
信之助「はい」

微笑む信之助

了司 「お前は良い顔をするな」
信之助「?」
了司 「笑顔が美しい」
信之助「ありがとうございます」
了司 「ふふっ。こんなところに居ては退屈だろう。私が父様に頼んでやろうか」
信之助「……」

俯く信之助

了司 「?…出たくないのか?」
信之助「いえ、私はもうここからは出られないのです。それに、了司様が私の存在を知ったとなるとご主人様に叱られてしまいます」

信之助が微笑むと、少し剥れる了司

了司 「……。別に叱られるくらいなんともない。そうだ。私はもうすぐ十二になる。その時に父様に頼んでやろう。私のお付にするようにと」
信之助「……。勿体無いお言葉。しかし無理なのでございます」
了司 「…。良く分からん。お前はこんなところにずっといたいわけではないだろう?それなのに」
信之助「もう決まってしまったことなのです。私はここで生涯を終えると」
了司 「悲しいことを言うな。私がどうにかしてやる。わかったな?」

信之助、静かに微笑む
遠くで鐘が鳴る

了司 「…もう行かねば。また来る」
信之助「お待ちしております」



・居間

夜、母がいる
襖が開き、了司が入ってくる

了司 「かか様。なんでしょうか」
母  「了司、いらっしゃいな。お菓子をいただいたのよ。お食べ」

饅頭を差し出す母

了司 「……」
母  「どうしたのです?」
了司 「いえ、いくつか頂いて、部屋で食べてもよろしいですか?」
母  「えぇ」
了司 「ありがとうございます」



・廊下

深夜、饅頭を抱えて隠し部屋へ向かう了司
座敷牢の方から声が聞こえる

了司 「……?」

近づいていくと戸が少し開いている
中から光が漏れ、そっと中を覗く了司



・座敷牢

檻が上げられ、その下に長襦袢を肌蹴させた
信之助がいる

信之助「……ぁっ…」
父  「お前は憎らしい…どうしてそんなにも美しいんだ…」



・廊下

了司 (とと……様……)

手が震える
ふとした瞬間に信之助と目が合う

了司 「っ……!」

上気させた顔で見つめられ
饅頭を落とす

了司 「ぁっ…」

急いでそれを拾い、その場を立ち去る



・座敷牢

物音に気づき、後ろを振り返る父

父  「何だ」
信之助「…っ…ねこ…です…ぁっ…」
父  「野良猫でも紛れ込んだか…」
信之助「はい……とてもかわいい…ねこ……」
父  「ふっ」

信之助の肌に触れる父

信之助「んっ……」



・縁側

縁側に座り、庭の遠くの木を見つめる了司
そこへ子供が来る

子供 「了司様?」
了司 「……」
子供 「了司様」

ふと、子供を見上げる

了司 「なんだ…」
子供 「いかがなされました?」
了司 「なんでもない…」
子供 「退屈でしたら、かくれんぼをいたしましょう」
了司 「いい。ぼーっとしていたいんだ。放っておけ」
子供 「了司様……」

風が吹く



・自室

座ってぼーっとしている了司

了司 「……」

信之助『……ぁっ…』
父  『お前は憎らしい…どうしてそんなにも美しいんだ…』

了司、首を振る
机の上に置いてある饅頭に目が行く

了司 「……」



・座敷牢

戸をゆっくり開けると、それに気がついた信之助が驚く
了司、目を合わせようとしない

信之助「来て下さいましたか」

信之助、優しく笑う

了司 「これ……食え」

檻の前にドカっと座り込んで饅頭を差し出す

了司 「かか様に頂いたんだ。美味いから食え」
信之助「了司様が頂いたのでしょう?私は」
了司 「私はもう食べた。腹が一杯になったからもういらないんだ」

ふいっと照れ隠しでそっぽを向く

信之助「そうですか…。ありがとうございます」

檻の間から手を出し、饅頭を取る

了司 「……」
了司 (凄く白い……)

信之助『……ぁっ…』

了司、また首を振って真っ赤になる

信之助「?」
了司 「なっ、なんでもない!美味いか?」
信之助「はい。とても」
了司 「そうか。良かった」

無邪気に笑う了司

了司 「……その…」
信之助「はい」
了司 「お前は…女だったのか。私は勘違いしていたようだ」
信之助「……」

信之助、驚く

了司 「信之助と名乗っているのはどうしてだ?」
信之助「ふふふ」
了司 「何故笑う」
信之助「いいえ。私は男でございます」

笑っている信之助

了司 「?…しかし、父様は……」
信之助「了司様もいずれ分かることでございます」
了司 「なっ!私はもう十二だぞ!子ども扱いするな!」
信之助「申し訳ございません」
了司 「……。男を…抱くことも出来るのか……」
信之助「……」
了司 「お前はどんな罪を犯したんだ?」
信之助「……」
了司 「それも言えないのか?」
信之助「…はい」
了司 「そうか…。私にはお前が罪を犯すような者には見えない。そうだ。お前は外に出たらどこか行きたいところはないのか」
信之助「……え…?」
了司 「?どうしてそんなに驚く。私を信じていないのか?どうにかしてやると約束しただろう」
信之助「…そう、ですね。桜の花が見たいです。もう随分と見ていない」
了司 「桜…か。そうだな、まだ外は雪が降っているが、後三月もすれば見ることができるだろう。楽しみにしていればいい」

了司、無邪気に笑う

信之助「はい」

了司の顔を見て幸せそうに笑う



・座敷牢

了司、紐を持って入ってくる

了司 「信之助!あやとりというものを知っているか?」
信之助「はい」
了司 「そうか!さっき婆やに少し教えてもらったんだ。ホラ」

了司、無器用に箒を作る
が、絡まって上手くいかない

了司 「ん…?」
信之助「ここを、中指に」

信之助、手を伸ばして紐をかけてやる

了司 「……」

信之助の指が触れ、固まる了司

信之助「こうすれば…できあがりです」

優しく笑いかける信之助
了司、赤くなっている

信之助「?了司様?」
了司 「え!?」
信之助「どうかなさいましたか?」
了司 「なんでもない!もう一度やってみる!」

紐を解いて初めからする
微笑みながらそれを見守っている信之助

了司 「できた!」
信之助「ふふふ」
了司 「他のものもできるのか?」
信之助「はい」
了司 「やってみろ」

紐を渡す

信之助「…、そうですね…」

連続して形を作っていく信之助

信之助「山…。川…。網…。馬の目…。鼓…。船…」

了司、始めて見るそれに手を叩いて喜ぶ

了司 「凄い凄い!他には?他には何かできないのか?」
信之助「ふふふ。……これは梯子。……これは富士山」
了司 「何でもできるんだな!」

無邪気に笑っている了司



・座敷牢

檻越しに折り紙をして遊ぶ二人
楽しそうに笑っている



・座敷牢

お手玉をしている二人
了司のお手玉が牢の中に入ってしまう
それを取ろうと手を伸ばした時、信之助の首元が少し見える

了司 「……」

お手玉を手渡されるが、受け取らず、
信之助の首元の小さな痣に触れる

了司 「…父様は、どうしてお前に酷いことをするんだろうか…」
信之助「…」

悲しげに微笑む

了司 「痛むか…?」
信之助「いいえ」

信之助、了司に手を重ねる
了司、そのまま信之助の頬に触れる

了司 「お前は綺麗だ…」

了司の手に触れたまま、愛しいものに触れているように
幸せそうに、目を閉じる信之助



・縁側

庭の桜の木を眺めている了司
そこに子供が来る

子供 「了司様、何か良いことがあったのですか?」
了司 「え?何故だ?」
子供 「近頃、了司様はよくお笑いになります。とても幸せそうに」
了司 「そうか?そんなつもりはないのだが」
子供 「それにあの木を良く眺めていらっしゃいますね」
了司 「あぁ、桜の花を見せてやりたい者がいるのだ」
子供 「はぁ…。あぁ!了司様、恋をしていらっしゃるのですね?ふふっ」
了司 「恋…?」
子供 「はい。その方を思って微笑んでいるのでは?」
了司 「恋…か…。そのようなこと思いもしなかった。…なぁ、恋をするとどのようになる?お前は恋をしたことがあるか?」
子供 「そうですね…、何をするにもその方のことばかり考えたり、その方に何かしてあげたくなったり、心が温かくなります」
了司 「そうか…。確かに、私は恋をしているのかもしれないな…」

桜の木を見る了司

子供 「思われ人はとても幸せでしょうね」
了司 「そうだといいな」

了司、幸せそうに笑う



・広間

女中に袴を着せられている了司
母が傍で見ている

母  「明日の式に間に合ってよかったわ。やはり、了司には金の刺繍が良く映えます」
女中 「良くお似合いですよ。了司様」
了司 「少し派手ではありませんか?かか様」
母  「いいえ。あなたは本当に美しいですからね。それに負けないようなものではないと」
了司 「…」

了司、照れる



・廊下

夜、厠へ行く途中、父の部屋から声がすることに気がつく

父  「信之助を連れてきて十三年。早いものだ」
了司 「…?」
御付 「よろしいのですか?」
父  「まぁ、もったいないがな…」
御付 「処分はいかがいたしましょう」
父  「切ってその辺にでも捨てておけ。牢の片付けも頼んだぞ、血は匂いが取れんからな」
了司 (切る……血…?)
御付 「承知いたしました。では明日、そのように」

了司 (信之助が……殺される……)



・座敷牢

了司、飛び込んでくる
横になっていた信之助、驚き半身を起こす

信之助「了司様…?」
了司 「信之助!早く…早く逃げないと…!」
信之助「どうしたのですか」
了司 「っ!」

傍にあった茶碗を床に叩きつけ割る
その破片を持って、檻を切ろうとする了司

信之助「了司様!」

信之助、傍に駆け寄る

了司 「早く!早くしないと!」
信之助「お止めください!どうなされたのです!」
了司 「早くしないと!お前が殺される!」
信之助「……」
了司 「父様が…!」

了司、泣きながら一生懸命に切ろうとする
破片を持つ手から血が流れる
信之助、その手を取る

了司 「信之助!」
信之助「お止めください…血が…」
了司 「そんなもの!」

檻に破片が刺さったまま
血の流れる了司の手を取り
首を振る信之助

了司 「信之助…」
信之助「私の定めでございます」
了司 「…っぅ…ぅ……」

了司が声を出して泣き始め、
それを見て悲しそうに微笑む信之助
長襦袢の端を破り、それを了司の傷口に巻く
真っ白な布に血が滲む

了司 「私は…私は何もできないのか……。明日、父様に頼むつもりだった……どうしてお前が殺されなければいけないんだ……。お前は…何も悪いことなどしていないのに…」
信之助「……」
了司 「明日になれば、私は一人前になるんだ……そうすれば…お前を自由にしてやれるのに…」
信之助「了司様」

信之助、檻の間から手を差し出し、了司を抱き寄せる

了司 「っ……」
信之助「どうか泣かないでください」
了司 「でも……でも…」
信之助「私は幸せです」
了司 「え…?」
信之助「あなたが私のことをそんなにも思ってくださることが」
了司 「……」
信之助「それだけで、私は十分なのです」
了司 「信之助……」

戸が急に開く
了司、驚き振り向く

了司 「父様……」

父、にやりと笑う

父  「何をしている」
了司 「父様…!お願いです!」

了司、父の傍に行き跪き、頭を下げる

了司 「他に何も望みません!私にこの者をください!」
父  「……」

父、了司の顎を持ち上げる

父  「お前もこの犬に魅了されたか」
了司 「え……」
父  「ふっ…。いいだろう、好きにしなさい」
了司 「父様…!本当ですか!?」
父  「あぁ。明日、式が終わった後、お前にやろう」
了司 「ありがとうございます!」

了司、嬉しそうに笑う
信之助に笑いかけ、傍に行く

了司 「信之助!お前は自由になれるぞ!」

檻の中に手を差し出し、抱き寄せる

了司 「よかった!」

父、その姿を見て部屋を出て行こうとする
その間際、信之助に向かってにやりと笑う

信之助「……」

信之助、悲しげな顔をする
了司、戸の閉まる音に振り向き
手を取って向かい合う

了司 「ふふふっ。初めからこうしていればよかったのだろうか?」

それに気がついていない了司、照れながら話す

信之助「……」
了司 「どうした…嬉しくないのか…?」
信之助「いいえ。嬉しいです」

微笑む信之助
触れている手を見る了司

了司 「お前の手は、冷たいな……寒いか?」
信之助「いいえ。了司様の手が暖かいので、寒くありません」
了司 「そうか…。では今日はずっと手を繋いでいてやる」
信之助「え…?」
了司 「こうしていれば、寒くないだろう?」

檻の前に横になり、両手で信之助の手を包み込む了司

信之助「ですが、そのままでは風邪をひいてしまいます」

心配そうな顔をする信之助

了司 「いいんだ。私はお前の手を握っているだけで暖かくなれる」

信之助、微笑むと横になる
見つめあい、照れ笑いをする了司

了司 「明日、式で私は金の刺繍の入った袴を着るんだ。終わったらそのまま見せに来る」
信之助「楽しみです。さぞお似合いでしょう」
了司 「しかし私には派手すぎると思うのだ。かか様がそれでいいと言うのだが…」
信之助「ふふっ、あなたは何を着てもお似合いだと思いますよ」
了司 「…そんなことはない…」

照れる了司

了司 「なぁ、暖かくなったら二人で桜を見よう」
信之助「えぇ」
了司 「今まで行けなかったところにも行こう」
信之助「えぇ」
了司 「きっと楽しいだろうな…」
信之助「そうですね…」

了司、身を寄せる

了司 「信之助。私はお前が好きだ」
信之助「……」
了司 「…嫌…か…?」
信之助「いいえ。私もあなたをずっとお慕いしております」
了司 「そうか」

微笑むと目を閉じる了司
その顔を見て愛しそうに微笑む信之助

信之助「烏 なぜ啼くの
    烏は山に
    可愛い七つの
    子があるからよ

    可愛 可愛と
    烏は啼くの
    可愛 可愛と
    啼くんだよ

    山の古巣に
    行つて見て御覧
    丸い眼をした
    いい子だよ」

眠る了司



・座敷牢

朝、檻越しに向き合って手を取り合っている二人

了司 「じゃあ、終わったらすぐに迎えに来るから」
信之助「……了司様」
了司 「ん?」
信之助「少しの間、私の無礼をお許しください」
了司 「なんだ?」
信之助「私とお約束して欲しいのです」
了司 「言ってみろ」
信之助「この先、何があっても挫けず、振り向かず、前だけを見て、己が信じる道を進んでください」
了司 「……分かった。約束しよう」

檻越しに信之助を抱きしめる

了司 「では」

出て行く了司
後姿を見送って、涙を流す信之助



・庭

式が行われている
上段に袴姿で座っている了司



・廊下

袴姿で廊下を急ぐ了司

女中 「了司様?どこへ?」
了司 「急いでいるんだ!」

笑顔で走り抜ける

了司 (これで…!これであいつは自由に…!)

座敷牢の扉を開る



・座敷牢

牢屋が上げられている
信之助の姿は無く、しんとした部屋
了司、立ち尽くす



・自室

十七歳になった了司
部屋で着物を着替えている

女中 「了司様」
了司 「なんだ」
女中 「婆がお呼びでございます」
了司 「分かった。今行く」

廊下に出て行く了司



・廊下

歩いている
庭の桜の木が満開になっている

了司M「十七になった年の初め、父上が隠居なされ、私はこの家の当主となった。あの時の約束どおり、私は前だけを見て生きている」



・婆やの部屋

襖を開ける了司

了司 「婆や、もう支度はできたか」
婆や 「はい」
了司 「では、運ばせよう」
婆や 「その前に、一つ。ご主人様にお渡ししたいものがございます」
了司 「なんだ?」

婆や、一冊の書物を差し出す

了司 「?これはなんだ?」
婆や 「お暇を頂くにあたりまして、あなた様にすべてを知っていただきたいと」

ページを開く了司

了司 「…これは…!」
婆や 「今までお伝えできなかったことをどうかお許しくださいませ」

婆や、頭を下げる

了司 「……」



・自室

書物を読んでいる了司

了司M「その書物には、この家の出来事が書き記されていた」

了司 (二月十九日、晴れ。主人、町で美しい白犬を拾う。名を信之助と申す。家の手伝いをしているところを連れ去ったということ)
了司 「……」

了司 (二月二十日、雪。白犬、主人の手つきとなる)



・自室

了司 (五月六日、雨。主人、診断の結果、種無しとのこと)
了司 「っ!」

ページを捲る

了司 (五月二十九日、晴れ。皆が狂い始める。この家は春のまま)
了司 「?…」
了司 (六月二日、曇り。奥様、懐妊の兆しあり)
了司 「………」

ページを何枚も捲る

了司 (二月二十三日、晴れ。男児誕生。名を了司と名づける)
了司 「白犬に……よく似た男児…なり……」

書物を持つ手が震える

了司 「白犬の始末を提案されるが…実行されず…了司様の元服を期とする…」
了司 「そん…な……」

書物を持つ手に力が入り、紙がくしゃっとなる
震える手で最後のページを開く

了司 (二月二十三日、晴れ。了司様、無事元服式を終えられる。白犬、主人の命令で命を絶たれる。了司様には自害と告げられる)

了司 「嘘だ……そんな………」

涙を流すと書物を落とす



・自室

女中、部屋に入ってくる

女中 「ご主人様、お呼びでしょうか。…!了司…様…」

了司、座っている横に刀を置いている

了司 「今すぐに皆この家から出て行きなさい」
女中 「な、なにを…」
了司 「聞こえなかったのか。出て行けと言ったんだ」
女中 「ですが!」
了司 「今までこの家の為に良く働いてくれた。すまなかったな」

了司、微笑む
女中、走り去る



・廊下

静まり返った屋敷の中を一人歩く
父の部屋の前で止まる



・父の部屋

背を向けて座っている父

了司 「父上」

振り向くと刀を持った了司がいる

父  「な、何事だ!?」
了司 「信之助は、どうして死なねばならなかったのです」
父  「……今更なんの話だ。あいつは自ら命を絶ったのだ」
了司 「すべて、知ってしまったんです。私があなたの子でないことも。あなたが信之助を殺したことも」
父  「…そうか。はははっ。だがそれがどうした?私はお前を実の子として育ててやったんだぞ。この家ももうお前の物ではないか。そのことに何か不満でもあるというのか」
了司 「何故あの時私に信之助を託してくれなかったのです…。信之助を殺すことに、何の意味があったというのですか…!」
父  「……」
了司 「父上」
父  「……お前はあいつに好意を抱いておった……」
了司 「…っ……」
父  「実の父と知らぬものの、それが異常であることは今のお前になら分かることだろう!」
了司 「っ!」
父  「だから殺したんだ…。なぁ、分かるだろう?すべてお前のことを思ってやったことだ。だから、その刀をこちらに寄越しなさい…な?」

父、手を差し出し、歩み寄る

了司 「近寄るな!」

了司、刀を抜き、父に向ける

父  「ひっ…!」
了司 「何が私のためだ……またも偽るか……。信之助は……死なずともよかったはずだ……。ただ貴様の情欲の捌け口にされ…無残に死なずとも……」
父  「わ…わかった…!分かったから!私が悪かった!だからその刀を捨てなさい!」
了司 「……」

静かに歩み寄り、刃を父の首元に当てる

父  「わ、私を殺してもあいつは戻ってこないぞ!」
了司 「どうしてあの時私に嘘をついたのです」

了司、涙を流す

父  「い、一時の夢を見させてやったまでだ。あいつはちゃんと分かっていた」
了司 「どうして信之助ではないといけなかった」

刀を持つ手が怒りに震える

父  「あ…あいつが悪いんだ…!憎らしいほどに…美しい…あの、犬が!」
了司 「………」
父  「あいつが来なければこの家は狂わなかった!」
了司 「何」
父  「この屋敷のものすべて…女も男も関係ない…あいつに引き寄せられて皆おかしくなっていった…!」
了司 「そんなもの!信之助にはなんの罪も無いことだ!」
父  「お前の母親だってそうだぞ……勝手に手をつけて…孕みよった!それがお前だ!」
了司 「……!」

了司、目を見開く

父  「あいつの存在が…悪いんだ…」
了司 「父上」
父  「お前も…良く似て……瓜二つだ…」

父、震える手で了司の頬を撫でる

了司 「もう…聞きたくありません…」

切る
返り血が飛び散る
了司、涙を流す



・庭

母の部屋から悲鳴が聞こえる

母  「了司!了司!やめて…やめて……!」

しんと静まり返る
部屋から血まみれの了司が出てくる
縁側を歩き、ふと立ち止まる



・縁側

いつも見ていた満開の桜の木を見て立ち尽くす

了司 『なぁ、暖かくなったら二人で桜を見よう』
信之助『えぇ』

了司 「…っ……ぅ…すまない…」

泣きながら謝る

了司 「…約束……守れなかった……」

座り込んで泣き崩れる



・縁側

風が吹く
血まみれの了司、縁側に座り庭の木を見つめている
風に吹かれ、花びらが宙に舞う
烏が空を飛んでいる
呟くように歌う

了司 「かーわい、かーわいとなくーんだよー……」






おわり



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