ホワイトワクシング
シルバークレセント
頭上には冬の月
たなびく雲の裾を
照らしつつ
現われ出でる。
彼女の心はきっと、感情を奪われた10歳の時から止まったままなのだと思う。
甘えたがりで寂しがり屋なくせに、意地っぱりで。
両親に甘えることができなかった分、甘えてくれているのもわかる。しかし、その一方で、両親から愛を与えられなかった所為か、唯一の心の支えである恋人に呆れられたり、迷惑をかけてしまうことを恐れて、遠慮してばかりいる。
いまだって、うつむいて黙っているけど、本当はワガママを言いたいのだろう。でもオレを困らせてしまう事が怖くて、結果的に黙りこんでしまうんだ。
「帰ってきたら2人で映画でも観にいこうか」
『……』
「お前は映画よりも、ケーキ屋の方がいいのかな」
『………』
普段、仕事のことに対して彼女は全くと言っていいほどに、不満や文句を口に出すことはない。
きっといつもなら、へたくそな作り笑いで、「いってらっしゃい!」と振り絞るような空元気で送り出してくれたはずだ。
けれど、なぜが今日は何か言いたそうにうつむいていた。
「前髪に雪、ついてる」
『……』
ぎゅっと自分のワンピースの裾を握る手と、悲しそうに少しだけ形を崩した唇から、言いたいことは、黙っていたって、ひしひしと伝わってくる。
さみしい、行かないでほしい、と心が叫んでるのだろう。
「今晩は本当に冷える、」
一面に積もった真っ白な雪と、白い吐息。日もどっぷりと暮れ、真っ暗になった辺りと、真っ白な地面をぼんやり照らす街頭。
「寒くない?」
『……うん』
「うそつけ、こんなに手が冷たくなってる」
『……』
手のひらをぎゅっ、と握って、包み込んでやる。いつも外に出る時は手袋をしろ、と言っているのに。
指先にキスしてやると、少しだけ顔あげてくれた。その顔が想像よりも辛そうで、心が痛む。素直になればいいのに、少しくらいワガママを言ったって、嫌いになんてならないのに。
「連れていけなくてゴメン、なるべく早く帰るから、な?」
柄でもない、と自分の言った言葉に苦笑いしてしまった。
今回の仕事はおそらく、10日は帰ってこれない。普段に比べれば時間のかかる仕事だった。おまけに男の団員しか連れていけない。
コイツの顔色が少し曇るだけで、慰めてやらないといけないと思う。面倒な女は大嫌いだった自分が、こんな子供相手に感情を振り回されるなんて、出会うまで想像もしなかった。
「そんな顔しないで、ほら」
『……うん』
「もっと甘えたっていい」
『……!』
「オレはお前と少しだって離れるのは寂しいよ」
『…わたしも、』
わたしも、すごく、さみしい。
途切れ途切れに、小さな声でそう呟いた声が、愛おしくなって抱き寄せた。
『ごめんね、』
「謝ることじゃない」
『きょう、は、急に、すごく、さみしくなった。いっつもなら、がまんできてたのに…』
「はは、」
『…笑わないでよ』
「ごめん、あまりにも可愛いこと言ってくれるから」
『……』
「見送り、ありがとう」
『うん』
「ちゃんとみんなのいるホテルまでまっすぐ帰ろよ」
『うん、』
「この仕事から帰ってきたら、これでもかってくらい甘やかしてやるから」
『……うん』
背中に回った腕が、ぎゅっ、と強くなる。小さい背中を優しく撫でて、落ち着かせた。
「いってきます」
『いってらっしゃい』
名残惜しく、引き寄せていた身体を離しキスをする。
あまりやると、こちらも抑えが効かなくなるから、と唇と前髪に触れるだけのキスをして、いつも眠る前に伝える、愛の言葉を耳元で囁いて、一人、車に乗りこんだ。
END