泣き出しそうな
夜明けとキミへ




手を伸ばせば届きそう。

キラキラと輝く星も、まんまるな月も。宝石みたいに綺麗で。身を乗りだし、手を伸ばせば月灯りに照らされ腕はより青白く輝く。────あとちょっと、もうちょっとで本当に届くかもしれない。


「落ちるぞ」


ふわり、と何かに体をつつみ込まれた。毛布越しに感じる自分とは違う温度に、後ろから抱きすくめられていることに気付く。がっちりとした胸板と腕を背中から感じる。いつもは煙たく感じる煙草の香りが、今日はとても落ち着いた。


『…煙草の匂いがする』

「下であいつらが吸ってたから、服に移ったかな。いや?」

『ううん、』


ちょっとだけ好き、といえばもっと強く抱き寄せてくる。


「眠たそう」

『…ちょっとね』

「冷えるし戻ろうか」


腕が解かれ、立ち上がる。向かい合い少し照れ臭くなり視線を反らすと、自分の方へと伸びてくる、しなやかでそれであってやはり男性を感じる大きな手。頬をかすめてくすぐったい。指を耳元の髪に埋めて、そっと手のひらを頬につけ撫でてくれた。


『…不思議だよね』


人肌の体温を感じることがとても幸せに思えるなんて。心地良いけど、恥ずかしくって。嬉しさの中に少しの寂しさもあって。


『あんなに死にたがってたのに、今は生きたくて仕方ないなんて』


───‥幸せなのに、なんで泣きたくなるんだろう。

前髪に唇を落とし、彼はもう一度頬を撫でた。酷く優しく、慰めるような素振りで。伏せ気味の瞼、鼻の頭にも順に唇を落とし、悲しそうに問うてきた。


「…泣きそうな顔してる」

『寒い、からだよ』


怖いくらいに幸せすぎて、夢なんじゃないかって疑ってしまうから。


「ねえ…、」

『ん』

「キス、して」

『や、むり!』

「ソフトでもいいから」

『…やだ』

「つれないな」


しびれを切らした彼は唇を重ねた。彼女も首にすがるように腕を伸ばし、絡める。舌使いはまだまだ未熟なものの、彼にとってはそれが酷く愛らしく感じた。


『──‥ん、ぅ』


唇の隙間から漏れた甘い声に、背中がゾクゾクとする。とうに振り切った理性の針をごまかすように、激しく舌を絡めた。


『…、誰か来ちゃ、うよ』

「見せつけたい」

『…っ、!』


燃えるだろ、と言ってクスリと笑う声がしてすぐにまた唇を塞がれる。驚きと恥ずかしさで頭が爆発したような気がした。顔がかっかと燃え、うまく思考が働かない。


「…口、開けて?」

『っ、…ム…リ…!』

「照れるなって」

『…ばか』


とん、と彼の胸板に額をつけ、息を整える。

頭を撫でられるのが心地いい。少し前まで、誰かに触れられるだけで警戒していたというのに。人に撫でられて気持ちよさそうにしている犬や猫の気持ちが今ではよくわかる。


『…久しぶりだね』

「…なに?」

『ひっつくの。こうやって』


彼がいないと眠れない。いつの間にかそんな面倒な体質になってしまった。

3日、たった3日クロロがいなかっただけ。そしてその後、寝てないまま仕事に行っただけだ。今まで目が冴えてたのに、彼のそばにいるだけで、こんなにも安心しきって眠たくなる。「ねむたい?」

『…ん、』

「眠れなかったのか?」

『…ちょっとね、』

「…あ」

『どしたの?』

「流れ星」


彼の視線を追って上を見上げれば、ほらまた流れた、という声と共に光の筋が見えた。真っ暗な背景にきらきらと輝く星の一つがロウソクの灯りを吹き消す時のように細い筋をなして散っていく。


「流れ星は、国によっては、消える前に3回願い事を言えば叶うとか。誰かの命が消えようとしている象徴とか。いろんな言われがある」

『願いが叶う、と、誰かが死にかけてる、って大違いだね』

「どちらにせよ人間の考えたことには違いないさ」

『クロロはどっち信じる?』

「さあね」


つれない、と先程の彼の言葉を返すように呟けば、彼は笑って頭の上に顎を乗せ、より近く抱き寄せた。


『惜しいなあ、お願いしておけばよかった』


消える前に三回願い事を唱えればなんて、絶対不可能だろう。それでも、人は願うんだ。できないとわかっていても、願うんだ。

この時間が永遠に続きますように、って。そんなことはクロロには言えないけれど。

すーっ、と安定した呼吸音が聞こえクロロは彼女の顔を覗き込む。立ったまま胸板に顔を埋め、目を閉じて、気持ちよさそうに眠ろうとしている。


「……寝てる?」


軽くとんとん、と頭を指で叩いても少し身体を捩らせるだけで、また寝息を立て始めた。


「…ほら、起きて、」

『…んー…』

「…仕方ないな」


片手で支えながらもう一方の手で後ろ頭をガシガシと掻く。一度欲情しかけた身体を落ち着かせる為に息を吐き、少女の顔を見る。部屋の中ならまだしも、こんな所で眠ろうとしている寝顔はあまりにも無防備で。

ふう、ともう一度ため息をつく。起きないように上を向いて満天の空を見上げた。するとまたキラリ、と流れ星が光った。


「…お前の悪夢が、いつか消えますように」


なんて柄でもないか、と彼は髪を撫でながら苦笑した。

───…お前が眠れないのは悪夢のせいだ。どんな夢なのかを直接聞いたことはないが、一緒に寝ている時も、時折うなされている。強がってはいるが、一人ではろくに満足に眠ることもままならないようだ。


「ほら…、部屋まで連れて行ってやるから」

『…ん、』


抱えてやると無意識に落ちないようぎゅっ、と服を掴んでくる。まるで自分の子供の世話のようにも思いながら、額に唇を落とし、部屋まで降りていった。



END

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