カタカタ、と窓が音を立てている。昨日から風が強くなってきており、今晩あたり嵐になりそうだ。 不安そうに外の様子を伺うカンナは、必要最低限の家具と小物しかない殺風景な部屋に、自分の部屋から持っていた小さなステンドグラスの花瓶を窓際においた。 「きれいだね」 『うん、宝物なの』 「この部屋において、いいの?」 『いいの』 少しずつ、色の増えていく部屋。白を基調としていたシンプルな部屋にワンポイントが足されていく。こう考えればいままでは、なんの面白味もないただ寝るための部屋だったのかもしれない。 朝、目が覚めれば隣に愛しい人がいることがこんなに幸せなことだったなんて知らなかった。自分以外の人間と同じ空間で24時間過ごすなんて冗談じゃない、と思っていた頃のことが嘘のようだ。 誰の目も気にせずに、一人の人を独占できることの素晴らしさも。些細なことで嫉妬してしまう自分がいることも。いままで知らなかった。 『……風、強いね』 「うん」 『ミケ、大丈夫かな』 このくらいじゃ死にやしないよ、と後ろから腰に手を巻きつければ、カンナは怒ったようにため息をつく。確かに今晩の風はいつもより一段と激しい。 ぼんやり窓の向こうで揺れる木々を眺めていると、するり、と腕から抜け出したカンナがしてやったりと言わんばかりの顔で笑う。テーブルに向かい、読みかけだった本を手に取ると、再び読書を開始してしまった。 「つれないなあ、」 拗ねたような素振りを見せると、カンナはまた笑う。こんな姿を見せることができるのも、カンナの前だけ。みっともなく嫉妬している姿も、素直に笑えるのも、全て受け入れてくれるカンナの前だけ。 「本おもしろい?」 『うん』 「カンナ」 『ん、』 「…カンナ、」 『………』 向い合せに座り、本を読むカンナを眺めながら自分も手元にあった本を開く。最近よく部屋に来てくれるが、目的はこの部屋にある本みたいだ。 なにもない家の中で昔からカンナは暇さえあれば読書をしていた。せっかく二人きりになれる空間にいれるのだからもう少し甘い時間を過ごしたいと思うが、いつもうまく逸らされていまう。 もっと構ってほしいと一度強引な対応をとると、この部屋の本を自分の部屋にもっていこうとした。だからあまり迫るのをやめたが、いかんせん退屈。 「カンナ」 『……?』 「カンナ、こっちむいて」 『どうかし―――……っ、!』 ちゅ、 本を取り上げて、軽くキスをする。 あまりに急で、簡単なキスに目を閉じる間もなかったカンナの顔がみるみる赤面する様子に笑いながら、何事もなかったように本を手元に戻してやる。 『……!』 「さて、珈琲でも淹れるかな」 触れるだけの幼稚な口づけで残った柔らかい唇の感覚。未だに真っ赤な顔を隠すために、本に顔を埋めるカンナ。あれだけでここまで恥ずかしがるなんて、なんて可愛いやつなんだろう。恥ずかしがる仲でもないのに。そんなことをいったら、より一層顔を赤くするのだろう。 今晩どうやってこの部屋に泊まらせようか、考えながら珈琲を淹れる。湯気の向こうで未だに顔の赤く染めているカンナを横目に見ながら、思わず笑ってしまった。 テーブルの向かい側の愛しい人を、頬杖をついて眺める。こんな何気ない時間を過ごすことが、一番幸せということにもっと早く気が付きたかった。 END ×
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