本が好きだった。今も昔もそれは変わりなく思える。本を読んでいると、いつもお父さんお母さんは「えらいわね」といって頭を撫でてくれた。けれど私はいつもなぜ褒めてくれるのか、理解することができなかった。みんなのように殺し屋としての教育を受けさせてもらえるわけでもなかった私にとって、持て余していた有り余る時間を、消費できる読書は比較的簡単で、単純なことだったから。全然、えらくなんかないよ。なにか言われるたびに、褒められるたびに、頭の中でそう繰り返していた。 本はいつも答えをくれる。正確に言えば、答えを導く手順を教えてくれる、特に最近は本に没頭していた。早めに昼食をとって、いつもの木の下に行き、本を開く。余計なことを考える時間を手っ取り早くなくしたかったからだ。 今回の悩みの答えについて、本は何のヒントもくれない。どの本を読み漁っても、こればっかりは自分で結論を出さなければならなかった。 『イルにい!』 「ただいま、ほらおみやげ」 『わあ、綺麗な髪飾り!』 「喜んでもらえてよかった。ミルキお部屋にケーキあるから、全部食べられる前にもらっておいで」 『うん!』 いつもそばにはイル兄がいた。どんなときも背中を追いかけて、ひっついて、イル兄もいつも拒まずに受け入れてくれた。いつだってイル兄は私の頭を撫でてくれた。なにか手伝いをしたって、失敗したって、優しく頭をなでてくれるあの手が好きだった。 お父さんが頭を撫でてくれるのとは違う。イル兄の手はいつも優しくて繊細で、しなやかで綺麗な指が髪の毛を掻いてくれるたびに、お腹に抱き着いて。くすぐったいからやめろ、と言いながらも決して私を引きはがそうとしないのを知っていた。いつだって私は頼ってばかりで、甘えてばかりで。 『うわああん!』 「大丈夫、このくらいなんてことないから」 『だってこんなに包帯巻いてるし・・・、うわあん!』 「もうこんな時間か、仕事行かなきゃ。カンナ行ってくるからいいコにして待ってて」 『え、また行くの?』 「うん」 今はあまりないけれど、昔イル兄は時々ケガをして帰っていた。その度に私は泣いて、今思えばきっとイル兄は困っていただろう。 「おまじない教えてあげる」 『ふえ?』 「もっと笑って、ならオレの傷も治るから。でも泣いたらオレの傷は痛む。オレがあんまり笑ったり泣いたりしないぶん、カンナがたくさん笑って」 『それ本当におまじないなの?』 「おまじないだよ。ものすごく効くんだ」 人間はみんな遠くに見える海のようなものを持っていると、いつか読んだ本に書いてあった。そこだけが青く澄んでいるらしい。私の澄んだ部分には、何が写るんだろう。無心になるのはとても難しい。何か決断を下すには、種々な邪念が邪魔をするから。 ――――私の本当の気持ちはなんなのだろう。私が欲しい答えってなんなのだろう。 イル兄のことを思い出せば、思い出すほどに昔のことばかり思い出してしまうのは、きっと子供の頃の純粋な兄弟愛を夢見ているからだ。バカバカしい。そんなのはイルミに失礼だ。彼は私に針を打ってまで、私を引きはがそうとして、それでもやはり辛抱ならず、純粋に私に感情をぶつけてくれているというのに。 ×
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