白翼長編 | ナノ



通り雨が音を立てている。森に行くと言って、カンナはまだ帰ってきていない。迎えにいこうと玄関に向かうと、聞きなれた声が耳に入る。昨日も夕方遅くになるまで帰ってこなかったのだ。今日は少しくらい強く言わなければならない。



『もう、最悪・・・』



玄関でカンナが濡れた本を服の袖で拭きながら、表紙が滲んでしまったと嘆いている。突如降ってきた通り雨に濡れてしまったようで、昔よりも伸びた髪は肌に張り付いている。カンナは一息ついて、額に張り付いた前髪をかきあげた。



「カンナ」



いつになく乱暴にカンナの腕を掴み、家の奥へと引っ張っていく。カンナの眉間が歪む。しかし痛い、と訴えるわけでもなく、互いの間の空気は異様で、自分の後ろをまるで引きずらるように歩くカンナは鈍い痛みにもろくに声も出ずなすがままに付いてくる。



「―――どこにいってた?」

『も、森で本を読んでたら、いつの間にか寝てて、小雨が降ってきたから目が覚めて走って帰ってきたんだけど・・・』

「森にはあんまり一人で行くな、って言ったろ?」

『・・・ご、め、んなさい』

「・・心配した」

『あ、ご、ごめんね』

「・・・・っ、」

『・・・』



無意識に力が入りすぎていたことに気付き、手を離した。カンナの白い手首が少しだけ赤くなっている。まただ、また感情的になってしまった。



「・・ごめん、痛かっただろう、ちょっと感情的になりすぎた。早くシャワー浴びてきな。風邪をひくから、」

『あ、うん』



最近、カンナのことになると冷静さを保てないことがある。妹のアンナの影を気にしているからかもしれない。アンナが怖いからではない。カンナがなくなるのが怖いんだ。

物心ついたころから、あまり物欲がなかった。食べるもの、着るもの、遊び道具に関しても、妙なこだわりや心が躍るような好奇心を抱いたことはあまりない。ただ、カンナだけは違った。あの笑顔を独占していたい。どこかに閉じ込めて、誰にも合わせないようにしてやりたいとも思っていた。

症状としては、今が一番深刻なのかも知れない。森は危険ではない。監視も行き届いているし、そもそも侵入さえできないようになっている。けれど、心のどこかでカンナがいなくなってしまったらどうしよう、と不安に駆られていた。いまだって、カンナが目の前にいるのになぜが嫌な気持ちになっている。



「・・カンナ、」

『・・・・』

「お願いだから」

『・・・・もう行かないよ』

「・・・」

『もう行かないから、どこにも。どこにも行かない。ずっとここにいるから』

「・・・うん」



カンナが困ったような顔でそう言い聞かせてくれる。こちらの心境を察したのか、まるで母親が子供に諭すような言葉はじんわりと温かく、凍りついた心を溶かしてくれるように温度を持っている。



「オレは、待つから」

『・・・・』

「我慢できるギリギリまで待つから」

『・・・うん、』



守らなければならない、と思っていても。本当は違う。カンナにいてほしいだけだ。これはただのわがままで、決して使命感や愛情故などという綺麗なものではない。とても利己的で、汚れた独占欲と支配欲からのものだ。カンナの気持ちを無視した、酷く子供じみた、ただのごっこだ。

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