「カンナ」 森の木の下で、カンナは雲の動きをぼんやりと眺めていた。小さい頃、この木の下でよく眠っていたのを迎えにきた記憶がある。彼女の手元の読みかけの本は、もう終盤に差し掛かっているように見えた。 声をかけると少し肩を揺らした。背後から声をかけたから、驚いたのだろう。無意識に気配を消していたから。 「あんまり森に入るのはヤメロ、って言ってたのに」 『‥…ぁっ、…‥』 「母さんが心配してた。あんまり遅くまで帰ってこなかったら風邪ひく、って」 『あ、ごめんね』 「‥…ここ、懐かしい」 『‥…うん』 身長を削った跡の残る幹を、カンナの白い手が撫でる。まだこの家に来て一年も経たない頃から、カンナはこの木がお気に入りだった。兄弟が身長をナイフで刻むと、木がかわいそうだから止めてくれ、と泣きじゃくっていた。 「まだ協会に戻りたい、って思ってる?」 『‥…ううん、連れ戻してくれたから家に帰れたし、これでよかったんだよ』 「────本当?」 『っ、』 カンナの瞳が揺れる。協会にいたときの彼女はいつも辛そうだった。念も体術も上達はしたが、肉体的にも精神的にも、不向きなんだ。 協会にいた3年間の間も、ずっとみていた。カンナに妙な虫がつかないよう、身に危険が及ばないように。 『……ほんとは、楽しかった。家から出たことなんてなかったし、見るもの全部はじめてのものばかりで。…でも、やっぱり向いてないって思った』 「…そう、」 あえて理由は聞かなかった。 もうすでに理由を知っているから、決定的なカンナの弱みを。 ×
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