潜入捜査! | ナノ





「アンナに潜入捜査を?」



アンナが例の悪夢に苦しめられた夜から一週間近くが経った頃、シャルナークからの提案に思わず、読んでいた本のぺージをめくる手を止める。



「外の人間のことも知っておかないと、何かを不都合なこともあるだろうし、社会見学になると思って」



確かに、アンナは自分の屋敷から一歩もでることなく10歳まで生き、それからは感情を奪われ、彼女の心はそれから成長することなく今に至っているような気もする。とくに最近は外世界と、自分の育った世界の違いに、なにかしらの感情も芽生えたようだ。

休みの日に街に出かけると、一般人のカップルや小さな子供をぼんやりと眺めている様子を、時たま見かける。



「利点もあるが、やっかいな勘違いをすれば面倒だな」

「勘違い」

「このまえ、普通の恋人はどんな所にデートに行くのか、と聞いてきた」

「なんて答えたの?」

「ここにいる奴らは全員普通でないから、お前の好きな所に行こう。と言った」

「なるほど、正当な答えだね」



アンナは少々、気にしすぎる部分がある。純粋な心を持っている故に、あまり外に出したくないが、囲い過ぎている気もする。さて、どうしたものか。外の世界も見せてやりたいが、染まってほしくもない。いくら恋人だからといって、公私混合してはならぬ、と頭には入れているが、アンナのこととなるとそういうわけにもいかない。



「次に狙う、学校のお宝。生徒役として、アンナに潜入して欲しくて」

「まあ、適役だしな」

「不安なら、団長も先生役で入る?」

「・・・ほう、」

「どうせアンナひとりなら団長が許さないかと思って。えっと、保険医か数学の教員なら入れそうなんだけど」

「よくわかってるじゃないか」



やれやれ、とシャルナークがため息をついた。



「普通、ってなんだろうな」

「さあ、オレたちは普通じゃないらしいから」

「それもそうだな」

「とりあえず、アンナの意見を聞いてみよう。話はそれからだ」



皮肉な言葉を言いながらも、シャルナークが笑っているのが見えた。答えなんてないことを、シャルナーク自身もわかっていたから、なにも言わなかったのだろう。人間の人格に、決まった基準なんてない。彼女が不安なのは、無知故のことなのだろう。子供がなぜなぜ、と質問攻めにするように、本当はアンナ自身も知らないことが多すぎて、混乱している筈なのだ。聞かないのはきっと遠慮しているからだろう。

普通の恋人はどんな会話をするのか、普通の恋人はデートでどこに行って、何を食べたりするのか。知りたいのは、知らないからだ。




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