潜入捜査! | ナノ




どうして。
どうして、こんなに好きなのに。
どうして、いつも素直になれないんだろう。
どうして、可愛くないことばかり言ってしまうんだろう。どうして、愛が欲しいと思っているのに愛を感じれば感じるほどに苦しくなるんだろう。

しゅん、と鼻をすする。誰もいなくなった放課後の教室は少し肌寒い。日直だから書きなさい、と渡されたノート。一日の感想だなんて、何を書いたらいいのかわからない。

一般人の同年代の子達は、本能に忠実に生きていると思う。休み時間には楽しそうに好きな人の話や、くだらないことで盛り上がって。放課後になればあの店に行こう、この店に行こうだのと楽しそうに話して。自分はあんな風に自然に笑っているのだろうか。幸せそうだ。みんな、みんな。

さっき、女の教員とクロロが会話しているのを見た。朝もお昼休みも、他のクラスの女の生徒と何か楽しそうに話しているのを見た。もういい。もう沢山だ。校内でクロロを見つけると、あからさまに避けている自分にも飽き飽きする。他の女性と話すのはやめてくれ、と本心をぶつけられたらどんなに楽だろうか。無理だ。第一、いまは仕事中。そしてなにより、自分にはそんなことを頼めるような甘いセリフは持ち合わせていない。


『・・・・』


ーーーー誰かが廊下を歩いている。足音からして、男だ。あと数秒でこの教室に入るだろう。


「なんだ、お前まだいたのかよ」


昨日数学の宿題を見せろ、と言った隣の席の男だった。明日提出のプリントを忘れた、と机の中に入れていたプリントを取り出して、乱暴に鞄の中に突っ込む。


「日誌なんてテキトーに書けばイんだよ、貸せ」

『・・・ぁ、』

「こうやって、あることないこと書いてりゃいい。どうせオレ担任のところ寄るから、出しといてやる。昨日ノート借りたしな。じゃあ、また明日」

『あ・・、ありがとう』


返事も聞かずに乱暴に日誌を取り上げられて、サラサラと書き上げた彼は、そのまま教室を飛び出していった。


『さて、と。・・・・・悪趣味ですよ。せ・ん・せ・い』


クラスメイトが教室に入ってきた少しあとから、気配を消して教室に入ってきていたクロロ。今は会いたくなかった。近くにいると、自分の冷静を保てないから。

早く今日の仕事に取り掛かろう。もう少しでセキュリティーの解除方法を把握できる。今日頑張れば、明日で終わる。もうホームに戻れる。そしたらゆっくり休める。みんなもいる。私は、私にはクモがある。帰る場所がある。ホームに帰ろう、そこが帰る場所だ。


「ーーーー・・なんだ、バレてたか」

『どんだけ気配消したって、そんだけ視線向けられたら気付く』

「悪い虫がつくのはマズイから、見張ってた」

『いまは仕事中ですよ』


お互いの持ち分はしっかりやりましょうよ、と鞄に荷物を片付けながら言うと、教室の後ろにいたクロロが少しずつ距離を詰めてきているのを感じた。


『こっちはまだ終わらない。あと一時間でセキュリティー全部割り出せるけど。このくらいならシャルナークのハッキングで調べられたんじゃないの?』

「なあ、アンナ」

『・・・!』


腰にクロロの手が回る。引きはがせない。


「今日は校内であからさまに避けてくれたな。それに今だって、あれは昨日も話してた男だろう。随分なことをしてくれるじゃないか」

『は?私は何もしていない』

「オレは見た目よりも独占欲と、嫉妬心がずっと強いんだ。お前が誰かを見ていなくたって、ソイツのことを想像してる、って思うだけでお前を閉じ込めてたっぷり教えたくなる」

『教える、ってなにを・・・、』

「・・・しっ」


するり、と離れたクロロと、廊下から感じた気配。小さな足音が少しずつ大きくなっているのを感じ、自分も距離を取る。あくまでも自然に。自然に。


「ーーーあ、先生ここにいましたか!」


職員がクロロに呼びかけると彼はいつになく営業スマイルで対応する。さきほどまで、こちらに向けていた妖艶な笑みはどこへやら。


「会議始まりますよ」

「いま行きます」

「さきに行ってますね」

「・・・放課後、先生の部屋にきなさい。補習を受けてもらいます。逃げちゃダメですよ?」


人差し指を立てて、額をこつん、と突かれる。なにが補習だ、職権乱用だ。そう心の中でぼやき、額を撫でながら、会議室へ小走りしていく背中を眺める。文句を言わず、素直に放課後クロロの部屋に行こう。ああいう時のクロロは少し逆らっただけで何をしだすかわからない。





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