いらいらする。 久しぶりに嫌な気分だ。 「先生メガネ外したほうが、絶対いいよお」 「はは、そう?」 「ねえねえ先生彼女いるんですかー?」 「さて、どうかな。無駄話はこのくらいにして、教科書を開いて」 へらへらしやがって。 そう思って窓に視線を移す。髪を下ろして、スーツを身に纏った彼は、伊達メガネをしていたって魅力的だ。彼の授業になってからクラスの女の子たちはずっとこの調子だ。さらり、と笑顔でかわしてはいるものの、こちらの気分は良いものではない。こういう女の子の異性に向けたキラキラした視線は、嫌いだ。 嫌い、というのはきっとうらやましいからかも知れない。自分には決してこんな視線を送ったり、その気のある言葉を積極的に投げたりできないから。 彼は私の物だ、と胸を張れない。どんなに不安でも、悔しくても、このくらいなんてことない、とでも言うように何気ない素振りをするくらいの抵抗しかできない。もっと素直になったほうがいいことはわかっている。可愛げのない自分に嫌気がさす。 ―――コツコツ、 ふいに机を叩かれ、隣の席の生徒に視線を向ける。 「おい、数学のノート見せてくれ、やべえ、オレ次の時間当たるんだよ」 『・・・あ、うん』 「サンキュー」 初めてクラスの人と会話をした。というか、同い年の人間とまともな会話をしたのは、初めてだ。思わずマヌケな顔をしてしまった。 「・・・・ソコ。教師の目の前で堂々と、宿題移しの交渉をしない」 厳しく放たれた声に、無意識に眉間にしわを寄せてしまった。彼の言葉にはまるでトゲがあったから。 ―――さきほどまで、クロロに対してくだらない質問をしていた女の子たちには笑顔で対応していたくせに。私が少し話しただけで、なぜこんなにも強い口調で言われなければならないんだ。だいたい、今のは隣の人が話しかけてきたから仕方なく対応しただけなのに。 「そうそう、そこのキミ。転校の手続きで少し聞きたいことがあるから、授業の後ついてくるように」 返事はしなかった。 ・・・・・・・・ 言われた通りに授業が終わった後、彼の後を着いていった。臨時教師だと言っても、自分の部屋は与えられたようだ。歩いている間、彼は一言も話さなかった。 『はなしって一体―――――!』 温かい唇が押し付けられる感触に瞳を閉じる余裕も無かった。 『な、な、』 「キスしただけだ、そんなにうろたえるな」 喉で軽く笑った彼は、ゆっくりとこちらに近寄り、硬直して動かない私の頬を撫でた。いくら自分の部屋だと言っても、学校だ。誰が部屋を訪ねてくるかもわからないのに。 「今日隣のヤツと仲良くしてたお仕置き」 『クロロだってそんな伊達メガネなんかかけて、愛想を振りまいてたじゃないか・・・!』 「嫉妬、してくれた?」 『してない・・・っ、!』 急に、片手で簡単に両手の手首を頭の上で縫い止めるように拘束される。言葉だけは優しくたって、本能で感じ取れる怒気が、背筋を撫でた。話してくれと抵抗しても、彼のチカラが見た目よりも何倍も強く、ビクリともしない。 「メガネが気に食わない?」 『・・・ちがう、』 「アンナが嫌なら、明日から外すよ」 『・・・っ』 「あんまり顔を晒さないように、と思ってかけたんだけど。アンナにだけ、素顔をみせたほうがいいかな、と」 ゆっくと柔らかく髪を梳きながら問われると、何も言えなくなる。普段は心地よさに身体のチカラが抜けていくが、今はどんどん緊張して硬直していく。彼は優しく言っているものの、柔らかい笑顔でも瞳が笑っていなかったから。カチカチ、と部屋の掛け時計が秒針を刻んでいく。秒針がゆっくりと進む音が、耳を痛ませる。 「オレだって、お前のこんな姿を不特定多数の奴らに晒してることに、苛立ってんだけど」 『・・・ぇ、ぁ・・』 「この白い脚も、」 『・・・ちょ、やめっ、』 「他の女の子と話してるときに、あからさまに視線を下げて。嫉妬してないふりなんかしたって、バレバレだ。オレのこと好きで堪らないって顔して、そっぽ向いて」 『やめ、どこ触って、・・はなせ・・・!』 クロロの手がするり、とスカートの隙間から太ももを這う。抵抗して彼の手を払いのけると、ぐい、と引き寄せられた。 「本当にオレだけのもの?」 『・・・!』 「・・・・今日、放課後の偵察が終わったら門の所で待ってて。一緒に帰ろう」 急に身体の拘束を解かれ、慌てて距離を取る。ぎゅう、と胸を押さえた。伊達メガネを外して優しく微笑む彼を見ていると、様々な複雑な感情がこみ上げてきた。理不尽なことを言われたことと、こっちだって文句もあるが何も言えない。きっと言わせてもらえない。悔しさと、情けなさと、けれども愛しさもこみ上げて、嫌になった。 ← ×
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