ーーーー幸せなことだよ なんどもなんどもクロロの言葉を思い出して、ひとりで笑う。クロロは今日、学校にはこなかった。今日で仕事も終わり、明日この学校の中のものを盗る準備の為に、朝からシャルナークと打ち合わせをするらしい。明日盗るものは、この学校の理事長の隠し持っているお宝と聞いているが、参加しないので詳しいことは聞いていない。 昨晩のこともあってか、潜入最終日の今日は妙に清々しかった。胸のしこりがとれたように、肩の重りがとれたように。胸の中に穴が開いていて、そこに寂しい風が流れていたような感覚だったが、いまは心地よい風が吹いているようで。すう、と冷たい外気を取り込んで、ちらちらと星が光る冬の夜空を見上げる。 もう少しで着く。寒いから校舎の中で待ってて あまり着慣れていないコートが堅苦しい。ずれてくるマフラーをぐるぐると首に巻き直し、口元近くまで埋める。クロロから届いたメールを読み、門がよく見えるように校舎の玄関で待つことにした。もう夜も遅いからか、部活帰りの学生ですらすでにほとんど帰っており人はあまり見当たらない。 「・・・居残り?」 ふいに声をかけてきた男は確かクラスメイトの一人。部活帰りのようでカゴの中にジャージが乱暴に入れられている。アンナは彼の顔を見て、無言で頷いた。 「ほらっ、」 そう言って彼は缶を撫でる。冷えた指先にじんわりと染みる、暖かいココアの缶だった。 「やる、自販機で当たりでたから」 『・・・いいの?』 ありがとう、と小さく呟けば彼は笑って鼻の頭を撫でた。とりあえず飲まずに指先を温めていると、彼はまた口を開く。 「家どこだ、もう夜おせーからのっけてやるよ」 ちょいちょい、と彼は自分の自転車の荷台を指さした。 『ありがと、でももうすぐ迎えがくるから』 「そっか」 『・・・ぁ、』 門の所で手を上げる人物にアンナも手を振る。髪を下ろし、ラフな格好をしたクロロだった。じゃあ…、と一言残しアンナはクロロの方へ向かって小走りする。 「また明日!」 男が大きく言うとアンナは小さく手を振って合図した。今日でもうこの学校にくることはない。またいつもの生活に戻るのだから、この男にも会うこともないだろう。また明日、と同じ言葉を返すことはできなかった。 ・・・・・・・・・ 最後だからゆっくり歩いてホテルまで戻ろう、と柔らかく笑うクロロ。久しぶりのふたりきりのような気がした。 「だれ?」 『クラスメイト』 ふうん、と素っ気なく言うクロロにアンナは笑顔で頷く。あまり都会とも言えないこの街は、昼間こそは賑わっているものの夜になると見違えるほど静かになる。クロロの雰囲気的に、今日は怒られることはないようだ。少し安心する。 『校内の見取り図、あとシステムと警備体制もまとめたからホテルでわたすね』 「ーーーそれ、」 『あ、これ?』 「・・・」 『自販機で当たりがでたって、さっきの人がくれた。クロロも授業で見たでしょう。クラスメイトの子』 職業柄、受け取った物をそう易々と口にすることができなかった。すっかり冷たくなってしまったそれを手の上で持て余していると、ひょいとクロロが取り上げた。───ガコン、と音を立ててゴミ箱へ放られた。はっとしてクロロの方を見るが、彼は何食わぬ顔をして歩いている。そこまでしなくてもいいのに。飲むつもりはないとしても捨てられた缶を哀れに感じ、ちらりとゴミ箱の方に視線を向けようとした途端、ぐいと身体が引き寄せられる。 「手、こんなに冷たくなって…、わざわざ玄関でまってなくて良かったのに」 手を取り指を絡め、そのまま自分の上着のポケットに突っ込まれる。 『‥だって…、』 早く会いたかったから、そう言おうと思ったが口を閉じた。代わりに少し彼の方へ身体を寄せる。 『行ってよかったかも、』 「オレは後悔してる」 『‥…?』 「…なんでもない」 ーーーーあれほど誰とも関わるな、と忠告したのに。と、クロロは心の中で悪態をついた。嫉妬したなんて、ガキくさくて言うことはできないが、今回はアンナの経験の為を思って自分が彼女を抜擢したのもある。 『きょうのクロロの手、あったかいね』 柔らかい笑顔でぎゅっと手を握りかえしてくるアンナの顔を見るとクロロの不機嫌な気持ちも晴れてくる。しかし、とりあえずお仕置きのつもりでアンナの額を軽く突いた。 END ← ×
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