テスト勉強に飽きて、うん、と身体を伸ばす。気分転換に紅茶でも煎れようか。それとも、随分遅い時間になってしまったから、もう寝てしまおうか。 机の上に転がっていた飴玉に手を伸ばす。甘酸っぱいイチゴの味を感じながら、ふと、フィンクスとあの女の子の様子を思い出した。なにかと、あの日の出来事を何度も考えてしまっている。 大人っぽい彼女は、同級生達の中でも特に背の高いフィンクスと、よくお似合いだった。思い出せば思い出すほど。考えれば考えるほど、むなしくなる。 コツ、コツ、 窓が揺れている。カーテン越しに見慣れたシルエットが映り、慌てて窓に近寄った。 「おい、開けろ」 『ふぃ、フィンクス!?』 しー、といたずらっぽく笑うフィンクス。 「テスト勉強の息抜きだ、お前も来いよ」 『えっ、や、屋根に?』 「落ちやしねえよ」 『…う、うん』 伸ばされた手を取り、窓に足をかける。手を繋いだだけで、顔が赤くなりそうだった。大きな手に、自分の手が包まれている。胸の奥がきゅう、と痛んだ。 まんげつのまほうにかかっただけかもしれない 月明かりに照らされたあなたはとても素敵で、わたしはあなたの顔もちゃんと見ることもできず、 肌寒い夜明け。 フィンクスの大きな手に誘導されて、屋根に手をつけて上がれば、そこには綺麗な星空が広がっていた。昔と違って、いまはあまり夜空を見上げることもなくなっていたことに気付く。 息をする度に白くなる空気の冷たさも気にならないほどに、綺麗で、しばらく呆然と見つめていた。 『きれー…』 「おばさんには内緒な」 寒さが目に染みて、幾分か瞼をパチパチとする。 「もう寝るつもりだった?」 『ううん、退屈してた』 「ならよかったぜ。ほら、座れよ」 一歩一歩ゆっくりとすすみ、冷たい屋根の上に腰をおろすと、フィンクスは一人、自分の家の屋根に移り、部屋から毛布を持ってくる。 「冷えるから、掛けとけ」 『ありがとう』 巻き付けるように毛布を被せられる。申し訳なくなり、隣に腰掛けたフィンクスにも半分かけてやる。 「……覚えてっか?」 フィンクスがふいに呟いた言葉に、首を少し傾ける。 「昔、お前よくこうやって、手ぇ伸ばして、星を取ろうとしてた」 冷たくなった私の手を引いて、空へ向かって伸ばす。毛布がずれ落ち、外気に肌が触れるのも忘れ、フィンクスに見とれてしまった。 「いつからだろな」 『なに?』 「あんだけキラキラしてんのに、本当は岩の塊だってこと知ったのも。いつのまにか、お前が手を伸ばさなくなったのは」 『……いつからだろうね』 空に浮かんだ月の明かりからか、フィンクスの瞳がとても輝いてみえた。 『時間と一緒に、変わっちゃうんだね』 「変わることは、全部が全部わるいことじゃねえだろ」 『それでも、私は少しだけ恐くなってしまう。ほんの少しだけ、恐いの』 急に、切なくなった。ふたりきりでいることが、こんなに嬉しいのに、なぜかほんの少し切なくなった。 フィンクスが、なんだか遠く感じて、眠たそうに目を擦っているのを見て、くすり、と笑ってしまう。正直に言えば、私も眠たいけれど、いつまでも、このままでいたい。そう思った。 NEXT |