「どうすんの?」 『……うん、』 「うん、じゃなくて!付き合ってんだから、手作りのお菓子くらい、堂々と渡せばいいじゃん」 『だって、フィンクスあんまり甘いの好きじゃないし。なんだか恥ずかしいし、私すごく不器用だし、』 「ダメダメそんなんじゃ!」 『……だって、』 「一緒につくろう?」 『……え、いいの?』 「でも、渡すのは自分でするんだよ。それは誰かに言われてやることじゃないからね」 『うん!』 「よっ!」 『あ、お、おはよっ、』 「おう」 『…あ、あの、あのね』 「───フィンクスくん!」 「あ?」 「これあげる」 『……!』 クラスの女の子がフィンクスになにかを渡した。透明な袋の中に入ったクッキーが見えた。すぐに目を反らして、鞄の中から取り出そうとしていたものを、鞄の奥につっこむ。 昨日の放課後から、マチと一緒につくったチョコレートケーキ。マチの焼いたものはうまくいったけれど、私のはなぜかしぼんでしまっていた。女の子のクッキーはとても綺麗で、とうてい私のなんて比べものにならない。 朝から移動教室で助かった。机の中のテキストをあわてて取り出して、席を立つ。 『わ、わたし、先行くね!』 「おい、待てよ」 『じゃあねっ!』 だれあのこ? そんなこと聞かなくたってわかってる。ただのクラスメイトだ。あれにはきっとなんの感情もないだろう。いまだって、クラスの男の子にクッキーを配ってる。なのに、なんでいま私は泣きそうになってるんだ。 最近はだめだ。いままで自分の中になかった感情に支配されて、もう身動きがとれなくなっていた。 かなしくなんて ひとつもないよ ────────こっそりフィンクスの机の中にいれておいた小箱。ゴミ箱に捨てられた小箱を、拾い上げることもできずに。見なかったフリをして、その場から逃げるように立ち去った。たしかに不器用だけど、不器用なりに一生懸命つくったんだ。悔しい。いや、悔しさよりも悲しさのほうが大きかった。 「アンタねえ……!」 「あ?」 「あ、じゃないよ、アンタどういう魂胆だい。あのこがどういう気持ちでつくったと思ってんだ。たしかに不器用だし、渡したものはすぐ落とすし、分量だって間違えるし、形もいびつだけどねえ、一生懸命つくったんだよ?!」 「な、なんのことだよ!」 「しらばっくれんじゃないよ。見たんだからね!あのこの作ったお菓子が、教室のゴミ箱に入れられてたのを!」 『わわわ!マチ!だめ!』 マチがフィンクスの胸ぐらを掴んで、なにやら責めたてている。あわてて駆け寄り、シャツを掴みあげているマチの腕をどうにか引き剥がさなければ、と思うが、マチの迫力にやられて手を出すことができない。 『マチ、どうしたの?!だめだよ胸ぐらなんて掴んで?!』 「親友としてガツンと言ってやってんだよ!」 『ふえ??』 「こいつアンナのつくったお菓子捨ててたんだよ。本気で許せない。いくらアンナが止めたって、一発お見舞いしないかぎり気がすまないよ!」 「………は?」 『……ふぃ、フィンクス…』 「お前いまなんて言った?アンナがつくった?あれアンナがつくったかのかよ!」 『………ぁ、………』 「離せ!!!」 「待ちな、まだ話は終わってないよ!」 フィンクスが走っていく。舌打ちが聞こえた。慌てて追いかけると、フィンクスは教室の後ろのゴミ箱に手を突っ込んで、ガサガサと探し始めた。 『待って!汚いってば!』 「るせっ、なんで直接渡さねんだよ、ったく。・・・んっ、これか?」 『!!』 ゴミ箱から取り出した、くしゃくしゃになった包みを破り、チョコレートを口に放り込む。 『・・・フィンクス、もういいよ、・・・ほんとに、もう、嬉しいから、もう十分嬉しいから・・』 「よくねーだろ」 『・・・あ、』 「オレはお前の気持ち捨てたんだぞ。もっと怒れ」 『・・・ありがとう』 「あー、っとにお前は」 『ほんとにありがとう。でも、お腹壊さなきゃいいけど』 フィンクスはチョコレートのついた口元をぐい、と拭って、ため息をついた。こつん、と軽く私の頭を拳で叩く。 「次からはちゃんと言えよ。知らねーやつが作ったかと思って捨てたけど。いや、だからって捨てるのはよくねーけど」 『・・・うん』 マチがやれやれ、と言ってため息をついたのが聞こえた時、ふたりの会話を思い出して、急に顔に血が昇る。恥ずかしさに、かっ、と身体が熱くなり、赤くなっているだろう顔を隠す。 あんなに大きな声を出したのは、何年ぶりだろうか。 |