ふたりぼっち | ナノ



──ああ、また
あの言葉≠セ


いつまでそこにいるの

母様の声だ。最近は起きていても耳に響いてくる。きっとあまり寝ていないから、夢と現実がわからなくなってきているのかもしれない。母様と父様の声が頭の中で響いて、時々、息ができなくなりそうだった。


身の振り方、考えないの?

今度はヒソカの言葉だ。右手がピクリ、と自然と痙攣した。はっとして、動けるようになった身体で耳を塞ぐ。耳を塞いでいても、部屋の中に誰かが入ってくる気配には気が付けた。感覚でわかる。ヒソカだ。


ヒソカにはあまり近づくな

クロロの声だ。そうだ、ヒソカには近寄るなって言ってた。いつもいつも、クロロはヒソカのことを気に入っているくせに私が接触することを嫌う。ダメだ、ここから離れないと。右手をナイフに伸ばそうと思っても、耳を塞いだままの手を剥がすことはできない。ぐちゃぐちゃに掻き回されたような頭では、冷静な判断ができない。


「どうしたの?」

『・・・触るな!』


かっ、と顔を赤くして彼を振り払おうとすると、殴りつけるために振りかぶった腕を掴まれ、引き寄せられてしまう。


「落ち着きなよ」

『・・・私に触るな・・・、今は、冷静に・・・なれない・・・』

「・・・あんまりイイコでいても、良いことなんかない」

『……っ…』


少し、冷静さを取り戻せた。濡れた髪が冷たい。そうか、さっきお風呂に入って、水を飲みにきたんだった。いつの間にか微睡んでいたようだ。頭が痛い。


『!』

「しー…」


口元にぴたり、とヒソカの指を付けられる。


「そんなにここにいるのが辛いなら、この間ボクが行った国に何日か連れていってあげようか」

『・・・え・・』

「いい国だ、空気も良くて、景色も綺麗で、君もくればいい」

『・・・・クロロが、帰って、きてから、話して、みる、よ・・・』

「君の意思は?」

『・・・私の意志?』

「君のことは君が決めるべきだろう」


私のことは私が決めるべき、そう思ってもすぐに決断することが出来ずに、言葉に詰まってしまった。


「ーーーアンナ、」

『・・・あ、クロロ』

「ああ、風呂からでたらすぐ髪を乾かせ。いつも言ってるだろう」

『あ、うん。少しうとうとしてて、』

「行きたいのならオレが連れていってやる」

「・・・そんな高圧的な態度をとるのはどうかな」


話が急に進んでいく。クロロは帰ってきてから、こちらの目を見ることなくヒソカと睨みあっている。

目頭がかっ、と熱くなって、みるみるうちに視界が滲む。違う、私は泣きたいんじゃない。ただ、怖かった。クロロとヒソカの間に流れる空気が、酷く冷たくて。私のせいでクロロが機嫌を悪くしていることが辛くて。私のせいだ。私のせいでクロロが怒っている。そう考えるだけで気をおかしくしてしまいそうだった。


「空気を悪くしたね。ここらでおいとましようかな」

『……ゎ、…』

「……」

『……』


私は何をいおうといたのだろうか。結局何も言えずに、下を向いて黙ってしまった。手に握ったカップの中身が揺れている。いや、私の手が揺れているんだ。怖い、居場所がなくなることが、ひとりになることが、怖くて堪らないんだ。だから、余計な事を言ってしまわないように、黙ってしまう。私は黙りこくることで、逃げているんだ。



あなたにできて
わたしにできないこと




『あの・・・、ヒソカに、・・近づくなって言われてたのに、・・ごめんなさい』

「ヒソカとはうまくやってるんだな」

『・・・え、』

「ーーーなんて」

『…──!』

「言うと思った?」


ガン、と顔の横へ向け、勢いよく手のひらが壁に突きつけられる。


「何を吹き込まれた?」


地を這うような低い声色は、短い言葉だったが怒気を含んでいるのは一目瞭然だった。言葉の意味がわからないままアンナが無言で顔を背けると、それすらも気に食わなかったのかますます鉛のように重たくなった声で彼は問う。


「ヒソカの入れ知恵?」

『…なんの、こと、』

「ーーーとぼけるな」

『!』

「最近どうもおかしい。なにか言われたか?」


胸板に顔を押し付けられ、掴まれた腕をどうにかして解放しようと無我夢中で暴れる。しかし、全くかなわなかった。どんなに全身のチカラを振り絞っても、かなわない。怖い。


『・・・なにも・・・あの・・』

「アンナ、そんな言葉が欲しいんじゃない」

『・・・ぁ・・・』

「・・・ったく、」


急にぱっ、と腕をはなされ、身体がよろける。楽しそうに笑うヒソカを見て、余計に悔しくなって、ボロボロと涙がでてくる。なぜからわからない。ただ、いまは怒りというよりも、自分が情けなくて堪らなかった。


『ご、めなさ・・・ごめんな・・さい・・・』

「・・・今日は許さない」


酷く抱かれた。責めるような求められかただったけれど、決して一方的に抱かれたわけではない。激しさの中に、甘い優しさがあるから、泣きそうになった。







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