最後にアンナの能力を使用した時、アンナの顔色がかなり悪く見えた。案の定、真っ青な顔で壁に手をついている。 「大丈夫か?」 『うん』 「ほら、行くぞ」 『・・・』 「・・・歩けないのか?」 『ご、め、んなさい』 「シズクは生き物と、念で具現化したものは吸えない。お前は全てを消せる。戦闘能力も高いが、レアということを自覚しろ」 『・・・レア、』 壁に手をついてやっと立っていたアンナの身体を抱きかかえた。力なく抵抗しようとするアンナの身体は、以前よりも少し痩せたように思える。服にべったりとついた血が、コートについてしまうと暴れるアンナを落ち着かせる。今日のアンナは離してくれ、といつにも増して抵抗をやめなかった。まるで何かに駆られて焦ったように。 「動かなくていい」 『いい、ひとりで、歩ける』 「無理をするな、と言っているんだ」 『・・・無理なんて、してない』 「今回のことも・・・、いや、いつもそうだ、ほかの奴らにでも頼ればよかっただろう。自分ひとりで全てなんとかできると、思うな」 『・・・・・なんで、』 「なんだ?」 『・・・自分でなんとかしろ、ってクロロが言ったから』 感情を無くした人形のように、瞳の色を消したアンナが、無機質にそう呟く。聞き取ることがやっとなくらいの声で。 『・・・自分でなんとかしろ、ってクロロ言った・・・。だから頑張った。自分でなんとかしたら、もっと頑張ったら・・・、褒めてくれると思ったから、きっと、きっと、頑張ったら・・・、って・・・・』 ーーー自分でなんとかしろ 確かに言った。でもそういう意味じゃない。そう思っても、反論するのはやめた。これ以上責めてしまえば、きっとアンナは壊れる。今だって、アンナは感情を無理やり殺した瞳に、涙を溜めている。悲しいくせに、悔しいくせに、無理やりにココロを殺して。そんな冷たい瞳をしていたって、瞳には押さえきれない涙が、今にも零れそうなくらい溜っている。 『・・・だから、わたしは、・・・なのに・・・』 「・・・アンナ、」 『なのに・・・なんで、そんなこと言うんだ。私に、これ以上、どうしろ、って・・・』 この小さな体で、いまにも壊れそうな体で、どれほどの物を背負ったのだろう。ごめん、そう言いたくても、なにも言えない。 『私は、どれほど頑張ったらいいんだ、』 「・・・」 『・・・もっと、・・・頑張るから、・・もっと頑張るから・・・』 そう言われて、とうとうなにも言えなかった。ぼろぼろ涙を流してしゃがみこんだアンナを、抱きとめることもできなかった。抱き締めてしまえば、砂の人形のようにサラサラと崩れてしまいそうで。 『・・っ、・・・・・』 なんでいつもいつも、自分は、こんなにも、こいつのことを、追い詰めてしまうんだろうほんとうは、だめになるくらい、甘やかしてしまいたいのに。 「なんで頑張れない?」 ぎゅう、と身体を縮めて瞳を揺らすアンナは、声を絞り出しすように呟いた。 『私…、私は……』 「…?」 『・・・・ほんとに必要?』 「っ、」 『バカだから、仕事くらいしかできないから、・・・私は・・・殺し以外は、役立たずだ、から・・・』 「アンナ!」 強く叱るような一言にアンナは涙をためて口ごもった。 『・・・ぁ、…っ、・・・、』 とうとう、ひくりひくり、としゃくりをあげて泣き出し、袖に顔をあてる。 『…ごめ、な、さ…』 「悪かった、言い過ぎた」 『…も、う言わない。言わ、ない、から…怒らないで、ごめんなさい・・・』 何度もごめんなさい、と言うアンナの背中を撫でながら、泣かないでくれ、と言いたくても言えなかった。そんなことを言えば、アンナは余計に泣いてしまうだろう。 さっき、強く叱るような一言を言ってしまったのも、アンナに対して本気で怒ったわけではない。バカだから、仕事くらいしかできないから、殺し以外は役立たずだから。そんなことを言うな、と言いたかった。そんなことを言われたら、こちらまで切なくなってしまうから。 ――――お前が殺しをできなくなったって、オレはお前を・・・・・・―――。そういってやりたくても、クモとしての、幻影旅団の頭としての責任が邪魔をした。 夢を見ていました 手を伸ばせば届くと あの日から、アンナがまともに喋ることさえできなくなった。なんでもないように装っているが、妙にビクついていて、ひとりでずっと自室に閉じこもって、呼んでもロクに部屋から出てこようとしない。食も細くなっていて、きっと眠れていないのだろう。日に日に弱っているように見える。 「アンナ」 名前を呼べば、力なく柔らかく笑う。 「おいで。甘い物、買ってきたから」 『うん』 無理をして笑ってくれても、ただ心配してしまうばかりで。こうやって好きなものを与えて、少しでも栄養をつけてやることしかできない。 「アンナ」 『なに?』 「アンナ、呼んだだけ」 『クロロ、最近わたしのなまえ、たくさん呼んでくれるね』 「呼んだらお前、笑ってくれるから」 『ふふふ、ありがとう』 この笑顔を向けられれば、お互いが生きてることを実感できるから。アンナがやけに無機質になったように感じてしまって。アンナが無機質になれば、こっちまで無機質になってしまう。 ← |