ふたりぼっち | ナノ


母様が私の顔を見ずに、私を睨む。あなたはいらない子なの、あっちに行きなさい、って。私は父様にとっても、母様にとっても、いらない子ってことは、わかっていた。父様も母様も私に愛をくれたことはない。

私は泣いても、笑っても、痛がっても、苦しがってもいけなくて。私はただ、感情のない人形なんだ。人形、ただの人形。私は人形。そう言い聞かせて。感情が消えれば、楽になると思ってた。私は感情を捨てれないから、辛いんだ、と。人形、ただの人形。私は人形。そう考えれば辛くなかった。



忘れないで
ここにいるんだよ





ひとりきりの夜は怖い。こわくてこわくて堪らない。ずっとひとりぼっちだったのに、おかしな話だ。クロロはこの一週間、仕事で帰ってきていない。

ひとりで眠れば、また嫌な夢を見るから。だから眠らない。嫌な夢をみた後、夢の続きを見るのが怖かった。さっきは母様に詰られる夢だった。そのまえは、知らない影に首を絞められ息を止められていた。また今日も眠れない。

深夜に帰るとクロロからメールがあった。もしかしたら朝方になるかも知れないから、先に眠っておくように、と。いまは夜も朝も過ぎて、また夜になった。クロロから「帰る」と連絡があってから、丸一日経っている。私は丸一日、リビングのソファーからほとんど動いていない。

もうクロロに10日会っていないことになる、そう思いながら誰かが部屋の中に入ってくる気配を感じ取る。身体を動かすのも辛い。重たい瞼を必死にあげる。


「おや、珍しい」

『・・・ヒソカ』

「団長まだ帰ってきてないんだ?」


向かい側のソファーに腰掛けたヒソカに、無言で頷いて見せた。知っているのに、この男は問うのだ。


「弱ってるね」

『クロロが帰ってこないから』


頬杖をついてこちらを眺めてくるヒソカは、うっすらと笑みを浮かべて、じいっと眺めてくる。こっちを見るな、という気力もわかずに視線を反らす。


「もしもの話」

「もしもクロロに何かがあったら、キミはどうする?」

『どうするって?』

「身の振り方、考える必要あるだろう」

『身の振り方、ってなに?』

「今後の君自身のことだ」

『・・・クロロは、私より先に死なないって約束してくれたから』

「だから、もしもの話だ」


もしもクロロがいなくなったら。その問いの答えは、何度も探してきた。もしクロロの身に何かがあったら、もし旅団が構成できなくなってしまったら、くだらないもしもの話は、毎日のように自問自答してきた。

ひとりきりの夜は特に考える。クロロから連絡が途絶えた時はいつもそうだ。ケガはないだろうか、きちんと帰ってきてくれるのだろうか。もしも、もしもクロロが死んだら。もしも、もしも。考えるだけでも怖い。泣き出しそうになる。


『もしも、クロロが先に死んだら、きっとしばらくは立ち上がれないだろうね』


絞り出した言葉が、以外にも冷静だったことに、自分でも驚いた。


『そのまま弱って私も死んでいくか。あるいはクロロの残したクモの為に、生きていこうって決心するか。どちらかだと思う』


――――身の振り方、考える必要あるだろう

確かに、もしものときのことを、ある程度考えないといけないのかもしれない。考えないということは、逃げているだけなのかも知れない。
もしもクロロの身に何かあったら。それ以外にも、もしもクロロが私のことが嫌になってクモにいれなくなってしまったら。そんな状態も考えられる。クロロとの仲がこじれてしまえば、私はきっとクモにはいられない。クロロが私の存在意義だから、クロロに嫌われてしまえば、私の存在意義がなくなってしまう。


「もったいない」

『なにが』

「ご主人様に飼い殺されて終わってしまいそうなのが、もったいない」

『クロロになら飼い殺されていい』

「・・・やっぱりもったいない」


それ以上言ったら怒るよ、と言えば、ヒソカは笑った。なんでこの男は、いつもこちらが困る質問をして困っているのを見るもがすきなんだろう。なぜこんな質問をしてきたのか、結局のところはわからなかったが、もうどうでもよかった。

もしもの話の続きが頭の中を巡って、それどころじゃなかった。ヒソカに話した答えは、きっと私の心理ではない。

クロロの姿を思いだすとき、いつも後ろ姿が初めに頭に浮かぶ。いつも着ているコートの背中部分。それを追いかけてばかりいる私。その次に浮かぶのは、眠る前に髪を撫でてくれているクロロの柔らかい笑顔だ。クロロがそばにいれば、身に余る程に幸せなのに。クロロがいなかったら、こんなにも寂しくて悲しい。

ヒソカの言ったように、今の私はどうしようもないくらいに弱ってる。どうか無事でありますように。そう願いながら、自分の身体がかなり冷たくなっていることに気付いたけれどなんとも思わなかった。






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