「ほら」 光が差したように、彼女の顔は明るくなる。店にたどり着くまでの人混みに気を悪くし、やや機嫌を損ねていたが、クロロが差し出したパフェを見て、笑顔が灯った。 淡いピンクルージュの塗られた唇が開く。パフェが口の中に運ばれ、溶けるように彼女の喉を降りていく。 「もう半年、か」 くすり、と彼が目を細めて笑ったのを感じ、彼女は少し眉間に皺を寄せた。馬鹿にされた、とでも思っているのだろう。しかし、スプーンには既に、口に運ぶそれが、しっかりと掬われている。 「慣れた?」 『ん、自分でもビックリ。皆といるのが苦じゃない。むしろ、いないと凄く不安になるし』 ルージュが落ちないように、気にしながらまたスプーンは口に運ばれていく。 「以外と飲み込みが早くて助かったよ」 『以外って失礼だな』 「もっと頑固な一匹狼だと思ってたから」 『……む、』 彼女は一旦手を休め、珈琲をすする彼を見上げる。意地悪く笑っているのかと思えば、視線の先に優しく微笑む姿を見て、何も言わずまたスプーンを口に運んだ。 この半年で、彼は自分のことをとても理解してくれた。嫌いな食べ物、癖、表情、仕事へのプライド、数え切れない程に。 「食べてる時が一番幸せそうだな」 『…む、』 「お前はそのままでいいよ」 自分もまた、彼のことを理解した。こうやってからかってくるのは、決して全てが本気ではないこと。これが、彼にとってのコミュニケーションだということ。だから、以前のように自分が拗ねる機会も随分と減った。クモに入り、自分はとても人間らしくなっている。このまま心で通じ合えるほどにまでなれたらいい、と願うのだった。 「そんなに慌てるなよ」 彼が口元についたクリームを親指で拭ってやると、彼女は顔を赤くした。何かと彼女の世話を焼こうとしてくるクロロを避けていた所為で、こうして子供扱いされるのは久しぶりに感じたせいだろう。自分一人だけ周りと年が離れているクモの環境において、いつも姉や母役のように世話をしてくれるパクノダならまだしも、恋人にまで自分が小さな子供のように扱われているのを団員に見られる所を、彼女はとても嫌ったからだ。 「今日は一日中オフなんだから」 頬杖をつきながら、微笑むクロロは男とは思えない程に色っぽい。そんな彼の隣にいても恥ずかしくないよう、服もメイクも、パクノダに相談し一緒に決めたものだった。しかし、彼は何一つ指摘してこない。折角、二人きりで街まできたのに。少しがっかりしていると、彼が甘えるような声で、ねえ、とささやいた。 「一口」 『あ、うん、あけて』 可愛らしい声に促されて口を開く。何の恥ずかしみもなく、彼女はクリームののったスプーンを彼の口に運んだ。酸味の強い果実と、甘いクリームの味が混じりが広がっていくのを感じた。端から見れば、二人が盗賊だなんて思わないだろう。ただの平凡な恋人同士のやりとりだ。 「甘い、な」 『当たり前だよ』 クロロったら馬鹿だなあ、とからかうように笑う。オープンテラスの強い日差しの下で、彼女の白い肌は光り、発色の良い唇が浮く。アンバランスな魅力は、彼を惹き付けた。 『ね、これからどこ行くの?』 「一応休める場所?」 『なんで疑問系なの』 「ホテルとってある、それもスイート」 『あれ?今日泊まってくんだ』 「理解しろよ。最近忙しくてご無沙汰だったし。ホームじゃお前は避けてくるし、今日は一日中愛したい」 『‥な‥・・・!』 くつくつ、と喉を鳴らして笑う姿を見て、彼女は顔を赤らめ、スプーンを机に叩きつける。 しかし、綺麗な薄い唇をあげ、艶やかな長めの黒髪をかきあげる姿を見て、彼女は唇を噛み締めた。適わない。何を言っても、絶対言い返され、口では適わない。否、口だけでなく、全てにおいて。 「冗談だ、冗談」 『不謹慎!』 「あー‥、もしかして」 『ーー!』 さらり、と髪を撫でられる。急に真面目な顔をして見つめてくる彼の視線に、言葉をなくした。どうしてこうも、彼は色気を放てるのか。 「その気になった、とか?」 そんなわけない、と否定しようとした刹那、彼のしなやかな指先が顎に這う。くい、と持ち上げられ、唇に柔らかく感触。こんなことされたら何も言えなくなることを、コイツは知ってるんだ。だから卑怯なんだよ、クロロは。 自分の全てを見透かしたように、目の前で勝ち誇った様で珈琲を飲む恋人を憎たらしく思いながらも。やはり敵わないと思ってしまう。この先一生、彼に敵う日はやってこないだろう。しかし、それでもいいと思う。この関係がずっと続く為なら、何でもやろうと。 END ← ×
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