ごみばこ | ナノ




血が雨に流れて、地面がそれを吸っていく。壁に背中を付けて、ぐったりと地面に座っていたが、視界の中に見えるのは汚い赤と、土の色。


「こういうのは、はじめて?」


顎にだれかの指が這って、その感触が気持ち悪かったけれど、からだが動かなかった。首筋、鎖骨を撫でられて、コイツを殺そうと右手をナイフに向けるも、ピクリ、とも動かない。


「外でするの、だよ」


なんだろう、自分が自分でないような、妙な感覚だった。今がいつなのか、なにをしていたのかもわからない。


「抵抗しないなら、このまま進めるけど、」


すこしずつ揺らいでいた視界のピントが合ってくる。 


「やめて欲しいなら、もう許して、って強請ってみせて」


雨は嫌いだ。土を叩く雨粒の音、肌に張り付く髪や衣服の感触、体温を奪う冷たさも、不快だから。誰かに触られるのは好きじゃない。頬を撫でる冷たくて濡れた指が、唇を撫でてきた。


「とは言っても、ここまで抵抗されないと、なんだか人形に悪さをしてるみたいだ」


声がでない、ここはどこだ。目もろくに動かせない。


「・・・戻ってきたか、せっかくこれからだったのに」


ぼんやり、白く濁った視界の中に、赤が強く浮かぶ。唇に触れていた指が、口の中に入ってきたのを感じて、無意識に歯を立てた。


「・・・っは、最高」


鉄の味がして、意識が覚醒する。この声が、だれの者なのかやっと認識できた。


『それ以上やったら金とるよ、ーーー・・ヒソカ』

「いくら?」

『冗談』

「いくらだって積むよ、キミが手にはいるならなんだって」


金に興味がないことを知っているからなのか、見下したように喉でクツクツと笑う男に舌打ちして、もう一度腕を動かそうとする。


「無理、肩外れてる」

『・・・っ・・』

「覚えてないみたいだね、君は爆発に巻き込まれて随分な距離を飛ばされたんだ」

『・・、・・・・・』

「もうそこまで騎士(ナイト)がキてる」


誰かが、私の身体を掬い上げた。水の中に沈んでいた身体が、ザパン、と引き上げられたような気分だった。意識がまたどろり、と溶けていく。

耳の中に水が入ったように、音が聞きとれなかった。頭が揺れる。誰かが、唇に塗られたヒソカの血を拭ってくれた。抱いてくれた手の中は暖かくて、不快感はなかった。溶けていく。意識が、溶けていく。














「ヒソカがいうにゃ、爆発で身体はぐしゃぐしゃだったんじゃねえかって。アイツが見つけたときには、治癒はしてたけどまだ未完成だったらしい」

「未完成?」


だれかが、はなしてる。あたまが、ぼんやりして、よくわからない。もうきもちわるくなかった。いいにおい。しーつのにおい、こーひー。あとは、ほんのにおい。


「ところどころの関節が外れてたり、治癒が不十分だったり、頭打ったのか意識が朦朧としてたとさ」

「ヒソカがなんか話してたみてーだけど、内容は聞いてない」

「悪かった、フィンクス」

「・・目、覚ましたみてえだな」

『・・・』

「アンナ、」


クロロが手を握って、前髪を撫でてくれた。ぼんやりとしか見えなかったけれどクロロは酷く辛そうな顔をしているように見えた。唇に柔らかいものが触れる。きもちよくて、そのまま、からだのちからを抜いた。


「・・・血の、味がする」

「ったく」


パタン、と扉をしめる音がして、さっきまでいた誰かが出て行ったのだとわかった。


「もう見つからないかと思った。爆発に巻き込まれたもうひとりの奴は、原型なくなってたから」


そうだ、仕事してて、急に光ったとおもったら爆発したんだった。そっから記憶があんまりない。


『クロロ、が・・運んでく、れた、の・・?』

「記憶、ある?」

『あんまり、ない、けど、・・・ヒソカがいて、そこ、から、きゅうに身体浮いた、のはわかった・・』


あたたかかったから、と言えばクロロはなにか言いたそうに頬を撫でた。


「それがオレならよかったんだけど、」

『・・・?』

「いまはいい、ゆっくり休むことに集中して」


クロロもベッドのなかに入ってきた。抱き寄せるようにして。あたたかい。降ってくる口付けが気持ちよくて、溶けてしまいそうだった。

身体に力が全く入らなくって、水の中に浮いてるみたいだった。それか、雲の上にいたらきっとこんな感じなのだろうか。クロロの香り、きもちいい。


「やっぱり、くやしいな」


耳元で呟いたクロロが、唇に指を這わしてそのまま口の中に入れてきた。


「これは、誰のゆび?」

『・・・くろ、』

「いつもこうやって頬を撫でる。髪はこうやって撫でる。唇にはこう、首筋にはこう、これがオレのキス」


抜かれた指が、また口の中に入れられる。くちゃり、と濡れて、舌を撫でる。不快感は無かった。クロロがなにか不安に思っているのは感じ取れた。その不安をとってあげたくて、なんとかしてあげたい、と思うけれど。動かない身体で、ただ入れられた指を舐めることに集中する。


「全部覚えて、忘れないで」


抜かれた指と、重なる唇。頭の中が溶けていきそうですこし怖くなった。



3/4





×