誰かが呼んでいる気がした。真っ暗な水の底に沈んだ身体が、あんまりにも重くて、ピクリとも動かない。ぼんやりと開いた瞳をとじることもない。傷を負っていたり、疲れたわけでもない。ただ、「無」だった。鉛のように重い身体が動かないだけで、他は何も認識できず。死んだ魚のように水の底に沈んでいた。 「ーーーーーー・・・」 何か声がする。誰かが、私の名前を呼んでる。 「ーーーー」 目が覚めた。 深い所に落ちていた意識が、一気に地上に引き上げられた。 「どうした?」 『・・・』 「ぼんやりしてた。気配がしても気が付かないなんて、珍しい」 その時、認識した。自分は声を掛けられる前から起きていたことを。ソファに座ったまま、ぼんやりと目を開いたまま、意識を水の底に落としていたことに。 『まだ、夢の中、だっ、た・・・』 「そうか、」 冷たくなった頬をクロロが撫でた。少しずつ、振れたところから体温が戻ってくる。 『最近、起きているのに、夢の中にいる時がある』 怖くて、つらくて、かなしくて、もう戻ってこれないような気がして。 「頻度は?」 『ほんとに時々。疲れてたりしたとき』 「毎晩うなされてるやつとは、違うのか」 『うん、でもも大丈夫』 クロロにあまり夢の話はしたくなかった。夢の種類は様々で、毎晩私を苦しめる。 母様と父様の呪縛から逃れられない私のことを、どう思っているのだろう。くだらないと思っているのだろうか。そう考えると、私は何も考えられなくなった。 私は、私の心が母様と父様を憎んだり、恨んだりしていないことを知っていた。今でも私は心のどこかで二人に愛されたいと思っている。どれだけ愛されずとも、私自身が殺したあのふたりから、愛を求めている。 「夢の中で殺した母親に、毎晩苦しめられてんのに、まだ追ってるの?」 いつか、マチがそう聞いた。 『私は、母様と父様のことを愛してるわけじゃない。ただ、囚われてるだけ。でも愛されたいと思ってる』 質問の答えにはなっていないかも知れなかったが、それが私の精一杯の答えだった。私は他になにもいらず、ただ愛されたかった。 最近になってひとつ、夢の中の自分について理解したことがあった。昨夜、夢の中で私は母様に首を絞められていた。私は怖くて堪らず、涙を流して抵抗していた。 その前は、母様と父様の影に追われ、屋敷のベッドのしたで息を殺して隠れていた。夢の中の私は、母様と父様に殺されることが怖かったわけではない。私は叱られることが怖かったんだ。お前は悪い子だ、と。 「もうここは夢の中じゃない」 急に抱き寄せられる。雲の中に包まれたような心地よさだ。 「今は余計なことは考えなくていいよ」 『・・・・ぁ、』 「話したくなったら話してくれたらいい」 声の出ない私を、どろどろの意識からまたやさしく引きずりだしたクロロは、私の名前を何度も呼んで強く抱き寄せてくれた。 枯葉に火を灯せば、みるみるうちに炎を大きくなって、赤が飲み込む。クロロに触られた頬は赤に染まっていった。いつも自分より少し冷たいクロロの手は、凍ったココロを溶かしてくれる青い炎のように思えた。そのまま、引きずりだしてくれた意識を、クロロの中に落としていった。 「心は殺さないといけないの」 『どうしてなの、かあさま』 「ナイフで切られたら痛いでしょう、身体の痛みも心の痛みも、心を殺してしまえば痛くないのよ。お前は人形だから」 人形にならなければいけない、という気持ちと母様父様の言葉が頭のなかで響いていく。凍っていく心と、溶かそうとする青い炎が、私の頭を混乱させた。かき乱して、ほどけなくなっていく。 どんな罪が巡ってこようとも、私の心は青い炎を欲していた。一時の安らぎだとしても、私の麻痺した心は「それでもいい」と何度も訴えた。 ← ×
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