末っ子と父親



蒔絵家の三女・有楽は父親と手を繋ぎ、中学の入学式から帰るところだった。
こわもてで体格の良いオッサンが、買ったばかりで少し大きめのセーラー服を着た少女の手を引く様は、一見、誘拐現場の様である。

「お父さん、お腹減ったー」
「家に帰れば、ご馳走が待ってるぞ」
「我慢出来ないーあっ、メールだ」

買ってもらったばかりのぴかぴかのケータイをポケットから取り出す。
有楽が今年から通う私立の中学校は、いわゆるお嬢さまお坊ちゃまの学校で、そこの制服を着ているだけで変質者だのカツアゲだの物騒なのでと母・汐里が持たせたものだった。

「お母さんからだ」
「なんだって?」

有楽ちゃん中学校入学おめでとう。
元気で素敵な中学生になってください。
ののかちゃんのお店でケーキを頼んであります。帰りにお父さんと寄ってね。

あと、明日から特訓を再開します。




「わーいケーキだって!」
「ののかちゃんの店って?」
「新世界のことだよ」
「あぁ、そういやバイトしてたな」

ののか、というのは蒔絵家パパの弟の娘、有楽にとっては従姉妹にあたる女の子である。

「新世界ならこっちの道だな」
「ホントに?」
「有楽はパパが信用出来ないのか」
「うん」

そんな軽口を叩きながら、二人はののかとケーキの待つ新世界に向かう。
有楽は、明日から再開されるらしいママの特訓を心配していた。
『末っ子が世界を回すのよ!』を教育方針にしている蒔絵家では、末っ子にあたる有楽に母・汐里が特訓をつけている。運動会くらいしか役に立ったというためしはないが、彼女の超人的な身体能力は特訓の賜物である。
その特訓…というより汐里は、容赦がない。


新世界、というのはののかがアルバイトをしている喫茶店の名である。
名前からして分かる通り、普通の人とはちょっと生きる世界が違うような変わり者の店主が経営している。そのためか『自称』喫茶店に過ぎなく、深夜まで営業を続ける日があったり、突発カラオケ大会が催されたり、天皇お誕生会が開かれたり、その特異性はなんとも言い難いものがある。


「いらっしゃいませ〜あれ、有楽ちゃんにおじ様」
「ののかちゃんやっほー」

カランカラン。今どき自動ではなく、内開きのドアを押すと、素敵な笑顔と元気な挨拶に出迎えられた。看板娘になりつつある(というか既になっている)、田中ののかである。

「ケーキ、頼んでたよね」
「あーぁ、はい!ちょっと待ってて下さいね。マスター?」

ののかが声を張ると、カウンターの奥、厨房から「コーヒー、奢りで」と返事が聞こえてきた。

「まだ出来てないみたい。ごめんなさい、コーヒーでも飲んでいって下さい」

ののかが控え目に笑う。


丁度良く客足の途切れる時間帯、おもてには『準備中』の札が出され、ののかも自分にカフェオレを入れて座り、ケーキが出来上がるまで3人で話し込んでいた。
有楽の入学式のこと、パパがケータイをポケットに入れたまま戦闘をしてママの必殺技を食らったこと、いつものことではあるが新世界マスターの奇行…



「そういえば、夢を見たんですよ」

そして、夢見・ののかの夢のはなし。

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