雪折れから春がくる


舗装された道を一歩ずつ踏みしめながら手袋に向かって吐き出した息はまっしろに宙を彩った。大学受験というひとつの大きな節目の日。県内でいちばんと言われている大学の門をくぐれば、見知らぬライバル達が雪路を行き交っていた。

「なまえ、部屋どこだった?」
「あっちみたい」
「別々だね、がんばろうね」

友人に別れを告げて受験票の番号の示す部屋へと向かう。手袋を外しながら、カバンからスマホを取り出したとほぼ同時か、LINEの新着メッセージのお知らせが光る。

──夕からだ。

彼氏の名前を確認すれば、既読をつけない理由はない。とんと指先でタップして字面から勢いの伝わる文字を瞳孔にうつしたら、自ずと彼の声で文面は自動再生された。

『なまえさんなら、絶対大丈夫!!応援してます!!!』

ひとつ年下の彼は今日はいつも通り教室で授業だ。それに放課後はいつも通り部活だろう。今日はもちろん会えないわけだが、受験への不安感と緊張ゆえか途端に彼への恋しさは募っていく。きゅっと掌を握りしめて、戦場の扉を開いた。

──出来はまずまず。ミスは最小限に出来ているはずだし、難しい問題は周囲にとってもきっと難しい。大丈夫だ。

そう心で何度唱えても不安は払拭しきれない。怖い。いやだ。どうしよう。漠然とした不安を煽るような周囲の仲間うちで答え合わせする声を聞かないようにと、昼休みのあいだはスマホで音楽でも聴こうと、スマホをカバンから取り出して電源を入れた。


"新着メッセージ 4件"

─こんなときに誰だろう。首を傾げてLINEを起動すれば、どうやらすべて彼かららしい。

『お昼休み12時半から!?』
『今向かってる!!!』
『着いた!!!!』
『大学の玄関にいる!!!!!』

文面を理解したと同時、勢いよく机から立ち上がる。なんで居るのとか、学校はどうしたのとか、そんなことはどうだって良かった。

「なまえさーーーーんっっ!!」

建物を飛び出せば、小さな体からは想像も出来ないくらい飛び跳ねて此方に向かって大手を振る少年がひとり、そこにはいた。間違いなく、西谷夕だ。

「夕、どうして……」

小走りで向かったせいで息切れした声は途切れ途切れ問いかけを投げた。

「がんばれって、ちゃんと顔見て言いたかったから!」

単純だな、ばかだな。学校はどうしたんだろう。サボってきたのかな、元々ばかなのにまたテスト前に泣きを見るのにな。


──でもそんなこと、どうだっていいくらい、うれしいな。

「………ばっかだなあ」
「俺がついててやるぜ!大丈夫だ!」

外気で冷えたわたしの手を彼の手が握りしめる。その瞬間、うそのように力が漲るから、わたしもよっぽどばかだな、そう思う。

「ありがとう、がんばるね」
「おう!受験終わったらさ、めいっっっぱい、楽しいことしましょうね!!!」

もう一度わたしの掌をぎゅっと力強く握りしめれば、彼のそれはわたしの背を強く叩いた。力加減を知らない掌は少し痛かったけれど、いやな緊張は勢いよく体の外に出て行く感覚が確かにあった。がんばれ、と微笑んだ彼に背中押され向かう足にもう不安は1ミリも残ってはいなかった。

200511

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