ぼくはきみのナイトでありたい


原因は、個性事故だった。らしい。

「鋭児郎!?かっ  かわいい……」

インターン先の大阪から寮に帰ってきたその少年をみて、その姿は見たことがなかったけれど、不思議と誰かはすぐに分かった。
駆け寄って、大丈夫だった?とか、そんな問いかけより先に脳幹直結の声が漏れた。その声に不服そうな顔をする鋭児郎もまた、可愛く思えて頭を抱えそうになる。
目線を合わせるために腰をかがめて、物憂げに視線を逸らされても、不遜だと捉える気にはなれなかった。
その場に共に居合わせた天喰先輩が、助けてやれずすまない…とか細い声で頭を下げれば、「先輩が謝ることじゃないッス!」といつもの威勢の良さが飛び出るところがまた、彼なのだと思わせる。

車の衝突事故に巻き込まれた小学生の個性が【幼児化】で、助けに向かった彼が泣き叫ぶその子をあやしていた際の出来事だったらしい。幼児化しても尚その幼子を抱きとめることはやめず、無事怪我人の救出には成功したそうだが、その弊害が今のこれだ。

見た目がすっかり小学1年生程度となってしまった切島鋭児郎は、いつものツンツンした髪は黒へと戻り、項垂れたこうべ同様にへたりと垂れていた。どうやらその子の親が説明するには、長くても2,3日程度で元に戻るそうで、その間内面は幼児化する以前のままらしい。

「あー、かっこわりィ……」
「でも、鋭児郎はその子を守ったんでしょ、かっこいいよ」

唇を尖らせて意地でも目を合わせまいとする彼の髪に手を伸ばしたのは、子供扱いでも嫌味でもなんでもない。けれど不服げな面持ちは一層皺を深く拗らせた。
そんな折、パタパタと響く足音はどうやらみんなでお風呂に入っていたらしい男子のそれだった。

「え、もしかしてみょうじと切島の…こ、子供……!?」
「いやちが、」
「いつのまにお前らー!?うらやましいぞチキショー!」
「どうなっちゃってんの!?」

喧騒に巻き込まれたわたしより二回りは小さい鋭児郎がため息ひとつ、けれどその喧騒を断ち切ったのもまた彼だった。

「だーから、聞けって。俺が個性事故に巻き込まれただけだっつの」
「………え、もしかして切島?」

きょとん。ぱちくり。そんなみんなの反応が音になって聞こえてきそうだ。
漢らしくねェと吐き捨てるような独り言は、ざわつくクラスメイトのなかでわたしの鼓膜だけ揺らしたらしい。
わたしはただ、愛おしい存在として、双眸を細めて彼を見ることしかできなくて、絞り出した声は「ご飯、あっためよっか」の一言だけだった。

◇◆◇

見た目は子供、頭脳はいつもの鋭児郎弄りもどうやら皆飽きたらしい。散り散りになったクラスメイトから離れて、テーブルに温め直したシチューと麦茶を注いだグラスを置いたら、手招きで小さな彼を呼び寄せた。いつもと違ってわたしより座高の低い彼が、いつも通り丁寧に「いただきます」と手を合わせた。その様子を手持ち無沙汰に頬杖ついて、横目に眺める。やっぱりかわいい。子供の頃の鋭児郎はこんな見た目だったのかあ。しみじみと愛でていたのが気に食わなかったのか、こちらを一瞥した彼がひとつ小さなため息をついた。

「なんつーかさ、」
「ん?」
「こんなとき何かあっても、お前のこと守れねェかもって思うと情けねェよな」
「え、」
「もっとつよくなんねェとなぁ」

シチューと口元を行き来していたスプーンを持つ彼の手が止まった。見た目とそぐわない言葉に心臓が高鳴って、それは困惑とも動揺ともまたちがうそれ。
こんな幼い見た目になっても、彼は彼なのだ。

「鋭児郎は、」
「ン」
「充分かっこいいよ。それに、」
「?」
「わたしもヒーローだから。そんなときはわたしも鋭児郎を守るよ」

わたしのてのひらをわたしより小さなてのひらで握ったくせして照れ臭さが勝ったのか、視線を逸らした彼の頬がいつもの髪色のように色づく。

「でも今はやっぱりかわいい」
「それやめろって」
「だってかわいいんだもん」

押し問答の末、食器を片付けるために立ちあがろうとしたそのとき。彼から小さな煙が出てきて、気がつけば元の彼の身丈に元通り。

「ありゃ」
「よっしゃー!戻ったー!」
「おもったより早かったなあ」

ちぇっ。言葉で舌打ちの真似をしたら、「なんで残念そうなんだよ」と先程の仕返しとばかりに髪をわしゃわしゃと撫でられる。共に食器を洗うべくして立ち上がれば、蛇口を捻る音に紛れて彼の声が聞こえた。

「さっきの」
「うん?」
「守るってやつ。嬉しかった。サンキューな」
「やめてよ、照れるじゃん」
「俺もなまえのことぜってェ守るから」
「うん」

気恥ずかしさに勝てず、頷くことしかできないわたしを肘で小突く彼は、もうすっかりいつも通り。その腕の逞しさにも、平然とそんなことを言ってのける彼にも、先程の可愛い姿は見えなくて、むくれることが精一杯の返事だった。

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