指先にハート


マフラーをしてモッズコートを羽織っても尚迫り来る寒波に身震いしては、寮への帰路を辿る。校舎からほんの少しの距離とはいえ、この数分すらも体温を奪われる感覚には敵わない。手袋もしてきたらよかったな。そんなことを考えたところで、荷物にないものは仕方がないと肩を落とした。
それにしても今日も今日とて実践訓練を重ねてへとへとのからだには、この寒さは堪えるものがある。口元まですっぽりマフラーの中に入れたなら、自分の吐息で少しばかりの暖を取るとしよう。

「よお、みょうじ!お前も帰るとこ?一緒に帰ろうぜ」
「上鳴くん。お疲れ様」

自身の名を聞き馴染みのある声で呼ばれて振り返れば、まばゆい黄色が目に飛び込んでくる。労いの言葉が口先から出た頃には、すでに彼は隣を歩き出していて歩幅はわたしに合わせられていた。

「今日の授業疲れたねえ」
「おう、今日の爆豪も容赦なくてさぁ…」
「こてんぱんだったね」
「その言い方やめて!?」
「あはは、ごめんごめん」

何気ない日常を振り返るように辿っていけば、寮の入り口はあっという間に目の前だ。冷たい風が頬を撫でたせいで身震いしながらふと隣を見遣ると彼もまた同じ動作をしていて、それがどうにも可笑しくて唇の隙間は笑みがこぼれる。

「さむいね」
「おー、早く中入ろうぜ」

寮の扉に手を掛けようとしたその矢先。待って、と隣から静止の声。首傾げてその理由を視線で問うのが先か、扉に伸ばしたてのひらが彼の手に包まれる。

「?」
「みょうじに静電気バチってきそうな予感がしたから、もらっといた」
「あ、えっ たしかに。助かる、ありがとう」

ほんの少し触れ合っただけだ。なのに。数秒分け合ったぬくもりが指先から逃げない。

「どした?あっ、触っちゃまずかった!?」
「ううん、上鳴くんの手、あったかいなって。それだけ」
「おっ、おう、その…なんつーの、ずっとポケット入れてたかんな!」

指先を伸ばして、彼と分け合ったぬくもりをドアノブに奪われたら、暖房のしっかり効いた館内の温度が体を擽る。どこかもったいないような、不思議な感覚だけが指先と心を埋め尽くしていった。

「んじゃ、また飯んときに!」
「う、うん」

ひらひらと手を振って自室に戻る後ろ姿に、脈打つ心臓がやけにうるさい。静電気だけじゃなくて、きっと心も指先から奪われたことに、そのときようやく気がついた。


221209


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