(GOヒロト)

どうしてヒロトは目が良いのに眼鏡をかけるんだい?唐突で無邪気なリュウジの問いに、俺はにこにこと答える。だって俺は目が良いんだもの。リュウジは不思議そうに瞬きを繰り返していたけれど、それ以上は何も聞いてこなかった。そう、俺は目が良いんだ。だからこれまでたくさんの物を見てきた。多くのものを見過ぎた。俺は俺の見たくないモノを、見すぎてしまった。いつだったか、目が良い人が眼鏡をかけると視力が落ちるらしいと風介が言っていたけれど、それでも俺は眼鏡をかけ続けた。視界をめちゃくちゃに歪ませるこの器械が、俺は好きだった。嫌なことも、辛いことも、全部全部ぼやかしてくれる。眼鏡をかけていてもくっきりと見えるのは幸せだったあの頃の夢だけで、俺は悲しげに笑う父さんをレンズ越しに、瞼の裏へ焼き付けた。ねえ、父さん。俺の声は父さんに届かないままけたたましい音に掻き消され、父さんの笑顔はとうとう夢の中でもぼやけて歪んでしまった。ああもう、朝か。目を開けると、俺の視界は生温かい液体に侵食されじわじわと滲んでいった。焼き付けたはずの父さんの笑顔も写真立てに飾られた幸せな記憶もベッドのわきに転がっている腐りかけの父さんも全部全部溶けて混ざり合って、とうとう俺の目には何も映らなくなる。なるほど風介の言った通り、俺は目が悪くなってしまったらしい。ああやっと、やっと俺は、もう何も見なくてすむんだね。もう眼鏡はいらないね。頬を濡らすのはきっと嬉し涙だった。



(父さんが死んだなんて嘘だよ、だって俺には亡骸もお墓も見えないんだもの)
(現実を見ろだなんて酷いなあ)




121005



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