斎藤くんの音を初めて聞いて度肝を抜かされた次の日の朝、僕は凹んでいた。


「・・・はー」


嫌でも頭に残っている斎藤くんのオーボエの音色。
・・・あんな巧いなんて聞いてなかったもん・・・!
中学の時のオーボエの子も巧いな、って思ってたけどそんなの比じゃないもん!
いつもオドオドしてる斎藤くんだけど、あの後吹いてくれた簡単なエチュードは、そんなに詰め込めるものなのかと思うくらい表現がつけられていて、もうエチュードの域を越えた1つの立派な曲として大成されていた。
エチュード(とは名ばかりのもはや1つのクラシック)を彩るオーボエのどこか哀愁漂う感じのあの綺麗な音に・・・。
泣きそうになったよ!
色んな意味でね!
しかも始めた年数は大して変わらないのにこの違い。
確かに斎藤くんは個人的にレッスン受けてたのだから、部活のみで楽器を吹いてきた自分よりかはそりゃ巧くなるんだろうけど、何だろう、納得できない。


「・・・はーぁ」


そして更に思いだすは斎藤くんの楽器。
練習の後に詳しく聞いて、家のパソコンで調べてみてまた度肝を抜かれたんだ。
・・・何なの楽器1本70万以上って!?
僕の楽器3本は買えちゃうよ!!
てゆうかそんな楽器で吹いてたんならそりゃ巧いよ!!
・・・そういう風に楽器の所為にしないとちょっとやっていけないと思ってしまう程、僕は凹んでいたんだった。








・・・そんな訳で。
僕は部長に会いたくなかった。


何でこんな思考回路になっているのかは、まずあの五十嵐沙季という人物の事をよーく考えてもらうとお分かりになるかと思う。
・・・だって斎藤くんがオーボエで、かつあんなに上手だって聞いたらあの人何しでかすか本気で予想がつかないんだもん。
何かしら対策を立てておかないと、あの人の事だ、何が何でも僕から斎藤くんの事を聞き出そうとするに違いない。
部長に会いたくない日が来るなんて思ってもみなかったけど、会いたくないものは会いたくないんだからしょうがない。
とりあえず、この頭の弱い僕にできることと言えば。

「・・・先にあの人に相談しよ・・・」

困ったら顧問だ。










「・・・という訳なんですけど斎藤くんどうしますー?」
「どういう流れでそういう訳なんだよ」


場所は職員室。
丁度隣の先生の席が空いてたからその椅子を拝借して、僕は顧問の先生と向かい合っていた。
相変わらず汚い机の前でふんぞり返りながら、コーヒーを啜る姿は無駄にかっこいいから、この人は女子に絶大な人気を誇っていらっしゃる。
その人が顧問の部活に何で皆入らないのかが不思議だけど。


「だぁからぁ、部長に最初に言うのはまずいと思ってわざわざ左之さんに話に来てるんでしょ?ちゃんと答えて下さいよ」
「どーもこーも、入ってもらえばいいだろ、その斎藤とやらに」
「・・・僕の話聞いてました?」
「お前が守れば問題ねぇだろうが」


やっぱりそうなるんだ。
はぁぁあ、と大きなため息を吐いた僕に、その人、うちの吹奏楽部顧問の原田先生は呆れたように言った。


「つーか総司、お前斎藤に入ってくれって言っちまったんだろ?なのにやっぱり入んなとか言えるかバカ」
「だって・・・男の子だったからやっぱ嬉しかったもん・・・」
「なんだ、やっぱ寂しかったんじゃねぇか」


意地悪い笑みを浮かべてがしがしと僕の頭を撫でてくる原田センセが凄いムカつく。
そんな感じのスキンシップが過ぎるから左之さん、なんて部員に呼ばれちゃうんだよ。
なんてことは後の合奏でねちねちとつまらないいちゃもんというか嫌みというかを言われかねないので絶対に言わない。
・・・ていうか僕、こういう貧乏くじ引くこと多くない?
これを貧乏くじって言うのかどうかすらあやふやな僕だけど、誰かとりあえず僕に言論の自由をください。


「まぁ確かに五十嵐に言うのはマズイな、あいつ男子部員集めんのにマジで必死だったし、もうすぐであいつ発狂するんじゃねぇかと思ったし」
「え、そうなの?そんなに?」
「最終手段で俺のツテで何とか入れろとか言われたぞ」


あー言いそう。
左之さん、男子にも人気あるもんね、そのツテかな。


「その上オーボエですよ?斎藤くん食べられるに決まってますって」
「食べられるってお前な・・・。まぁ確かにかなり気弱そうな奴ではあったがなぁ・・・」
「あれ?左之さん、斎藤くんの事知ってんの?」
「あぁ、一度だけ代理で教えた事あるぜ」


左之さんは実は音楽の先生じゃなくて世界史の先生だ。
音楽の担当じゃない先生が吹奏楽で指揮を振るのは、実はそこまで珍しい事じゃないみたいだ。
確かに大半は音楽教師らしいけど、大学とかで吹奏楽をやってた人が顧問をすることもないことはなくて、左之さんはそれに当てはまる。
正直、音楽の先生以上に厳しい部分があるから、世界史の先生じゃなくて音楽の先生になったほうがよかったんじゃないかと思うくらいだから、別に文句も何もない。
それで左之さんは、世界史のほかに地理とか現代社会も教えられるみたいだから、たまに担当外のクラスに代理で教えることもあるらしい。


「どうでした?見た感じ」
「まぁ、典型的な大人しい奴だとは思ったな。だがあの前髪はびっくりしたぞ、あれ見えてんのか?」
「・・・見えてるみたいですよ」


やっぱりびっくりするよねあの前髪・・・。
あれの所為で人が寄ってこないということは大いにあり得ると思うね。
正直。


「ま、人の細かいことに勝手にぐだぐだ文句言えねぇし、それも個性ってことにしておこうぜ」
「・・・ですね」
「だがうちの吹部に欲しいのは変わりねぇな。とりあえず今日もついてやってくれ、総司」
「はぁーい」


















そして僕は左之さんの頼み通り、放課後に7組に向かっていた。
頼み通りっていうより・・・明日も迎えに行くねって、斎藤くんと約束してたんだけど。
でも7組を覗き込むと、肝心のあの小柄な姿が何処にも見当たらなくて。
トイレかな、なんて思ってみたけど、斎藤くんの机からは綺麗さっぱり荷物がなくなっている。
・・・もしかして今日休みなのかな・・・?

「あら、何してるの?」

ドアの前で首を傾げていると横から声をかけられた。
視線を向けると、女子にしてはかなり背が高くて部活一クールと名高い7組の柳澤さんが、僕を静かに見つめていた。


「あ、あのさ、斎藤くん知らない?」
「斎藤・・・?私の組の斎藤一って子のこと?」
「そうそうその子。今日学校休んでたの?」


迎えに来るからって約束してたんだけど。と言うと、柳澤さんは不思議そうに首を傾げた。


「斎藤くんなら・・・もう音楽室に行ったと思うけど」
「へ?」
「さっき部長が持っていったから」





・・・・・・・・・はい?
何ですと!!!?






あ、沖田くん、っていう柳澤さんの声が聞こえるけど気にしない。
気が付けば僕は廊下を全力疾走して、たどり着いた音楽室のドアに手を掛けていた。


「斎藤くんっ!!!」


勢いよく開けたドアの向こうには・・・。


「あれー総司、どしたのそんな急いじゃって」


相変わらずの快活な笑顔でいらっしゃる諸悪の根源と。


「・・・ぅ・・・ひぅ・・・っ」


その諸悪の根源に後ろからがっちり抱き締められながら、周りを他の部員に囲まれてもう既に小刻みに震えている、いつもよりちっちゃくなった斎藤くんがいた。


「ぶ、部長・・・何、してんですか・・・!?」
「いやーだってこの子オーボエなんでしょー!?しかもすっごい可愛いじゃなーい!」
「ひいっ・・・!?」
「ああぁぁあそんなぐりぐりしたら斎藤くん泣いちゃ・・・って何でオーボエって知ってんですか!?」
「あら、あんたと左之先生の話、盗み聞きしたからに決まってんでしょ」
「あんた最低だよ!!」


人の気も知らないで!










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