次の日の昼休み。

結局昨日はゆっくり話す時間もなかったから、部長に斎藤くんの件を報告する為、再び屋上でランチ中だ。部長は相変わらず弁当2人分持参。


「へぇー個人的に楽器習ってる子なんだぁ」
「まぁ高校入る時に辞めたらしいんですけど。今でも吹いてることは吹いてるみたいですよ」
「しかも溝口でしょ?部活入って無かったって言っても、音楽やってる人にとっちゃ身近に感じてるだけで大分違うだろしねー」


弁当(勿論2個目)をぱくぱく食べながら笑う部長は、いつにも増して上機嫌だ。この人が笑うと、何だか僕も元気が出てくるんだよね。
にしても本当によく食べるよなぁ・・・この人の弁当箱って両方幕の内サイズだから1個食べるだけでかなりお腹膨らむと思うんだけど。
加えてこの人細いからなー・・・どこに入っていってんのかたまに疑う・・・。


「で?その斎藤くんは今日どうすんの?」
「やっぱり人が多すぎるとダメみたいなんで、今日は僕と一緒に個人練習する約束なんです。いいですか?」
「何言ってんの、良いに決まってるじゃん!!新しい部員のチャンスだし、総司も新しい友達作れるかもしれないんでしょ!!」


びしばし頭を叩かれて正直物凄く痛い。でも部長にこういう風にほめられるとやっぱり嬉しいんだよなぁ。
・・・マゾって訳じゃないよ?
けれど、友達、という単語に、僕の脳裏にはあの前髪で隠れた顔が浮かび上がる。
友達、か・・・。
斎藤くん、本当に友達いないのかな・・・。


「にしても、総司もありがとうね!何か色々任せちゃって」
「へ?あ、いや、そんな大したことじゃないし、別に・・・」
「いやいや、ここまでこじつけただけでもよくやったよ、偉いねー」


僕の頭を叩いていた手でそのまま頭を撫でられて、何だか子供扱いされてるみたいだ・・・。
でも、悪い気はしないかな、部長に喜んで貰えて、僕も嬉しいし。
よーし僕だってこんだけ出来るんだってこと、皆に分からせてやるんだ!僕みたいな馬鹿なサボり魔でもこんだけ出来るんだ見たか!!


「そういえば、斎藤くんって何の楽器やってんの?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

すいません、やっぱ僕バカでした。




















放課後。
僕は約束通り、斎藤くんを迎えに行くべく、7組の教室へ向かっていた。
昼休みに部長に殴られた所為でまだ頭痛い・・・ズキズキする・・・。
肝心の楽器聞くの忘れたぐらいで、何もあそこまで力こめて殴らなくてもいいのに・・・。
頭を擦りながら廊下をぽてぽて歩く。
今の時間帯、部活やら何やらで生徒の大半が教室を出ている所為で廊下がやたらと混んでいたけれど、教室に居る人数が少ない分、斎藤くんを見つけるのは速かった。
教室に残る生徒の中で、斎藤くんは窓際の一番後ろの席で、静かに荷物をまとめていた。
男子が横を通ったりするけど、さよならも何も言わずに通り過ぎていく。
そして斎藤くんも、それに何も反応を示さずに、只静かに荷物をまとめ続けていた。


―――友達、本当にいないんだ・・・


ぽつん、と教室の片隅にいる斎藤くんは、僕にはそう思うしかない存在のように見えた。


「・・・?どう、した?」


いつの間にかぼーっと見てたみたいで、斎藤くんが小さく声をかけてくれて、そこで我に返った。
危ない危ない・・・何見つめちゃってんの僕。


「すまない、その・・・わざわざ来てもらって、」
「う、ううん、気にしないで!じゃあ、早速行こっか?」


斎藤くんが頷いて、僕の後ろについて教室を出る。
本当に何かの小動物みたいだなぁと思う。僕よりかなり身長低いから余計にね・・・。


「あれ?斎藤くん、楽器は?」
「教室は、危ないと思って・・・ロッカーにしまってきた。取りに行って、いいか?」


その言葉にあぁ、と頷く。
そっか、そうだよね。楽器は全般的に高価だし、どっかぶつけたりしても嫌だもんなぁ。
にしても、ロッカーに入る大きさなのか・・・むぅ、僕は小型楽器と見た。


「ごめんね、気が利かなくて。休日練習に来てもらった方が楽だったかな」
「い、いや、そんなことは・・・。それに、ロッカーは鍵を付けているから、大丈夫、だ」


隣に並んで、一緒にロッカーのある棟に向かう。
相変わらず前髪で目元は全然見えないけど、昨日に比べたら口数も多いから、すごく喋りやすい。
基本的にゆっくり喋る子みたいだから、早口で何言ってんのかよく分かんない奴よりか百倍マシだ。

『総司も新しい友達作るチャンスじゃん!』

・・・友達、かぁ。
こんな友達、僕は今まで持ったことがない。
大体皆僕に似たやかましい奴ばっかりで、偶に鬱陶しく感じられるくらいの友達ばっかりだから。
そして斎藤くんには、友達がいない。
・・・平気なんだろうか。
僕より幾分小さい斎藤くんを見て、考えずにはいられなかった。


「・・・斎藤くんは、友達欲しくないの?」
「・・・?何故・・・?」
「クラスでも友達誰もいなかったみたいだから・・・平気なのかなって」
「平気というより・・・、慣れて、いるから・・・」
「え・・・?」
「中学でも・・・友達と呼べる仲の人間はいなかった・・・、俺が・・・こんな、だから・・・」


・・・人見知りが激しいから?
それだけ?
それとも、前髪のせい?
・・・違うと思うんだよなぁ。僕は。
僕の頭に織部さんの笑顔が思い浮かぶ。
何で織部さんなのかは、良く分かんないけど。


ぐるぐると僕の思考が回る。


「そ、か・・・」


平気な顔で、友達がいないのは慣れてるって、言われても・・・。
言いたいことはあるんだけど、斎藤くんの言葉の所為で中々言いだせない。
しばらく歩いてロッカーに着いた。この学校はこんな感じで一人一つのロッカーが割り当てられていて、色んなものが入れておけるから結構重宝するんだ。
整然と並んでいるロッカーに斎藤くんが近づく。
斎藤くんが戻ってくるのを待ちながら、やっぱり僕の頭はさっきの事でいっぱいだった。

『総司も新しい友達作るチャンスじゃん!ダメな訳ないでしょーが!』

・・・斎藤くんは友達が嫌、なのかな。
でも嫌と慣れてるは違うと思うんだよなぁ。


「友達、作り」


・・・部長。
五十嵐部長の昼休みに見た、明るくていつも元気を分けてくれるあの笑顔が思い浮かぶ。
・・・僕・・・、言ってもいいのかな?


「・・・お、沖田?」
「わぁっ!?ご、ごめんっ!?」


いきなり話し掛けられて飛び跳ねた。
慌てて声のした方を見ると、斎藤くんがいつの間にか戻ってきていて、心配そうに僕を見上げていた。


「どうした・・・?た、体調でも、悪いのか・・・?」
「うっううん違うんだっ!ちょ、ちょっと、考え事しててっ!!」


あぁもう、今日の僕、考えすぎだ!考えんのなんて一番苦手なのに慣れないことするから斎藤くんに心配させちゃったじゃん・・・っ!?


「お・・・沖、田・・・?」


いきなり固まった僕に、おどおどと声をかける斎藤くん。
だけど僕の視線は、斎藤くんの腕の中のものに釘付けだった。
四角くて、黒のカバーで覆われたケース。
明らかに木管の楽器ケースだけど、フルートみたいに細長くもなく、クラリネットみたいに分厚くもなく。
・・・まさか。
・・・まさかぁ!?


「・・・さ、斎藤くん」
「っな、何だっ・・・?」
「君の、楽器って、まさか・・・」


「・・・オーボエ、だが」


・・・万々歳だった。
ついでに仕事が増えた。
肉食動物から何としてでも斎藤くんを守らないと。










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