11










淡々と講義をしていた教授が時計を確認して終了を告げると、あちらこちらから荷物をまとめる音がし出す。
静雄もその一員で、ノートをまとめ終えると眼鏡をはずして軽く伸びをした。


今はテスト期間で、いつもよりも学生の人数が多い。
おそらく大抵の人間は家に帰ると徹夜で勉強でもするのだろうが、静雄は怖いのでそんなことはしたくなかった。
基本的に勉強は嫌いではないし、たまに面倒くさいと思うときはあっても、大学に来た以上勉強するのは仕方ないと思ってしまえば結構頑張れる。
自分を大学まで行かせてくれた両親は今は日本に居ないわけだし、ぱっと見て頑張っていると分かってもらえる成果を出したいと思うと、別にテストも静雄にとっては案外苦ではなかった。
・・・高校の時はろくに勉強もしていなかったので静雄の高校時代を知る人間からしたらびっくりどころじゃないのかもしれないが。


「へいわじまーっ」


もう授業もないので、席を立って帰ろうかと思った時、無駄に明るい声が静雄の背中にかけられた。 
振り向くといかにも現代の大学生、といった感じの男2人が満面の笑みで静雄を見ている。
静雄とはキャラが正反対と言ってもいいぐらいなので、喋ったこともほとんどない。何の用だ、と軽く首をかしげた。


「何?」
「なな、平和島のノート貸してくんね?ちょっとコピーしてぇの」
「コピー?テスト範囲のか?」
「そーそー。いける?」
「別にいいけど・・・、何のノート貸せばいいんだ?」
「とりあえず、かぶってるやつ全部?」
「・・・かぶってるの、全部?」


全部。静雄は絶句した。
ノートを貸すのはいいのだが流石に全部となると厳しい。
静雄とてほとんどの授業に出ていると言っても、やはりすべてを覚えているとかそんなことはないのだから、やはりノートは手元にないと勉強ができない。
その上、最近この2人を授業中に見かけることは少なかったから、貸したら最後、写すだけで期間が終わってしまいそうでそれだけは避けたい。


「なー頼むよー平和島ー。平和島だったらこんなテストちょろいだろー?」
「今までのよしみと思って、な?」


―――俺を何だと思ってるんだコイツら。


無性に2人の人間性を疑いたくなるが今はそんな時間ではない。
あんまり話したことの無い2人であるから、あんまり会話を深いものにはしたくないし、顔を合わせるのも恥ずかしくなってきたので早く立ち去りたい。
しかし、どうせ自業自得だからほっとけ、と心の中で誰かが言うが、そんなことをしてはやっぱり後味が悪い。
ノートを貸してくれと頼みに来るだけまだマシか・・・と、静雄はもやもやする胸の内をそのままに、軽く溜息をついた。


「いいけど・・・俺も勉強したいから、こっちでコピーするよ。テスト範囲で授業かぶってるの、全部すればいいんだろ?」
「そうだけど・・・いいのか?」
「いいよ。・・・その、時間かかるかも、しんないけど」
「いや、いいよ!マジ助かる!ありがとな!!」


途端に神様仏様、といった感じに手を合わせられて静雄は苦笑しながら、鞄を肩にかけて、それじゃぁ明日、と立ち去ろうとした。
その時、後ろから聞き知った声がかかる。


「そんなことしてないで、ちゃんと授業出ろよお前ら。いい加減懲りねぇのかよ」
「っわ!?」


後ろから伸びてきた大きな手に茶色の猫っ毛をわしゃわしゃと掻き回されて静雄は肩をすくめた。


「えー、だって俺たちはバイトで忙しいんだよ、しょーがねーじゃん」
「バイトより大学だろが。入ったんだったらちゃんと授業ぐらい出ろよ。後で後悔しても知らねぇからな。・・・じゃあな。行くぞ静雄」
「え、わっ、あ、うん・・・!」


頭上でかわされる会話と髪を掻き回す手に目を白黒させていたら、その手が静雄の腕を掴んで半ば強引にその2人から引き離された。
そのまま早足で教室を出て、廊下の角を曲がってしばらくしたところで腕を解放される。
自分の歩くペースよりだいぶ早い足取りに早速息が荒くなりかけていた静雄は、ふう、と一つ息をついて、軽くその元凶を睨んだ。
がっしりとした体格と高い身長、ニット帽の影から覗く目は僅かに笑みをたたえていて、それがなんだか子供の成長を見守る保護者みたいだなぁ、と思ってしまう。
いつも通りの面倒見の良さとその存在感に、静雄は怒る気も失せてしまった。
そんな静雄の様子を見て、門田はまた静雄の髪を掻き回すのだった。


「わぁっ!?だ、ちょ、や、やめろってばっ、もうっ!」
「はいはい怒らない怒らない、・・・さっきは大丈夫か?」
「あ?あぁ・・・悪い、いつもありがと」
「いいさ、お前が面倒事に巻き込まれやすいのは良く分かってる」
「うっせぇな・・・巻き込まれたくて巻き込まれてるわけじゃないし、正直あんまり話しかけてほしくないんだよ。・・・何言えばいいかよく分かんねぇし」
「いいじゃないか、それだけ話しかけやすいってことだよ」


再び歩き始めながら、門田は白い歯を見せて快活に笑う。
高校からの友人である門田は、静雄の数少ない友人のひとりだ。
大学生になった今でもよく面倒を見てくれて、静雄が人の対応に困っていたりすると、すぐに助けてくれたりする。人見知りのある静雄にとっては大きすぎる味方なのだ。
それに門田は静雄とは違って社交性もあって友人も多い。人が集まるところでは自然とリーダーのようになっているし、ぶっきらぼうではあるが多以外の人間には優しく接するため、信頼も厚いし女子からの人気も高い。
そして門田は、羽島幽平が静雄の弟であることも知る、数少ない人間だった。


「弟は元気か?また主役なんだって聞いたぞ。俳優ってのは忙しいんだな」
「まぁ、元気だけど。でもそろそろ休みも欲しいとか言ってた」
「そりゃそうだな。相変わらずお前にはべったりなんだろ?」


やっぱり寂しいんだろうさ、と言われて返答に迷う。
その点は静雄自身も分かってはいるのだが、もう幽も成人したのだから、そういうものは控えた方がいいと思っていたのだが。
門田の言うとおり最近の幽は忙しそうで、夜は深夜に帰宅して朝は静雄が起きるより早く家を出ていることが多い。
幽が喜ぶのならば、このままでもいいのかもしれない。


「兄貴が喜んでくれるなら嬉しいからな。少しは返してやれよ?」
「そう・・・だな。そうするよ。ありがとな」
「気にするな。まぁ、甘やかしすぎるのも良くないとは思うが、そこは考えて程々に、な」


そう言って門田は、次の授業に行くために廊下の奥に消えていった。
相変わらずお人よしだ、でもやっぱり、いい奴だ。
門田の何気ない励ましが、重苦しかった静雄の心を軽くした。
また今度、と言ってはいたものの、連絡先も教えてはいないからそういう類のものは何もないので大丈夫だろう。
そう考えた静雄の思考の対象は、既に今日の晩御飯に変更。
今日も帰りの遅い幽の為に、好きな食べ物でも作っておいてやろう。
そうと決まればまずは買いだしへ、と、意気揚々と校門を抜けようとした時、やけに校門付近がざわついていることに気付く。
何事かと思って皆の視線を追ってみた静雄は、どこかで見たことのあるいかにも高級車に身を強張らせた。
何となく嫌な予感がして、早足でそそくさと帰ろうと思ったその時。


「静雄くん」


ざわめきの中で一つの声が静雄の背中に飛んで来る。
別に張り上げているわけでもないのに、なんなんだあの人の声は。
足を止めて振り向けば、運転席から覗いた顔がばっちりこちらを見ていて、変装の為のサングラスとかを何を考えているのか何もつけずにいるあの一番会いたくなかった顔が丸わかりだった。
というか静雄にも分かるということは他の人間にも分かるというわけで。
突然のテレビの中の人登場にざわめきがぴたりと一瞬停止した。

(―――サングラスとか何かかけるだろ普通!?)

女性の声が増えたような気がするざわめきの中で、周りの人間の視線が静雄と車とで二分される。
人にじろじろ見られるということが耐えられなかった静雄は、とにかくこの場から逃れようと走りだそうとしたが、車の中の人間がそれを許さなかった。


「こら、静雄くん!静雄!」


お願いだから呼び捨てだけはやめて欲しかった。
ここまで来るともう仕方ない。言葉の裏の強制力に引き寄せられるように、そのまま静雄の足は助手席に向いていた。
帰りたかったが仕方がない。自分にはあの約束がある。
助手席に乗り込むと、それと同時に変装も何もしていない臨也が車をすぐに発進させた。ざわめきが遠のいて、少しだけほっとする。


「・・・何なんですか、一体」


スタジオとかに行かなければ会うこともないと思って、しばらく幽について行くのも必至で断っていたのに、なんでこの人が此処に居るんだ。
言っとくが、自分で大学名を名乗ったつもりもない。
じろり、と運転席を見ると、臨也はおかしそうに笑った。


「この間はお預けにしちゃったからね。焦れてるんじゃないかなって思って、改めて口説きに来たんだ」
「じっ…!?焦れてるって何ですか!?そんなわけっ・・・!」
「続き、したかったんでしょ?物欲しそうな顔してたくせに」
「してませんっ!ていうか折原さん、そんな話じゃなくてですね・・・っ!?」


もう聞いているのも恥ずかしくて話を戻そうとしたら、いきなり信号で止まった車にびっくりした拍子に、腕を引かれて顔が思いっきり近づいた。
何故だか真剣身を帯びたあの赤い瞳が物凄い至近距離にあって、呼吸が止まりそうになる。


「な・・・何、ですか・・・」
「臨也」
「へ?」
「折原さんなんてそんな他人行儀なのやめてよ。臨也って呼んで」
「・・・は?」
「あ。あと、敬語もやめて。無理してるの丸分かりだから、ね?」
「ね、って、そ、そんなの・・・」


突然の言葉に戸惑う静雄に、臨也は更に顔を近付けてきて。
耳元に吐息が触れて、思わず肩をすくめた。


「いいって、これも約束。言うこと聞いてくれるって言ったよね?」
「で、でも、一応折原さんは年上だし、その、は、俳優、さんで・・・」
「だから臨也って呼べってば」


途切れ途切れに言い繕っても効果はなく、只見たことの無い光を帯びて瞳がじっと見つめてくる。
何なんだろうこの人は。言うことを聞くとは言ったが、こんなことから始まるとは思ってもいなかった。
もっと上下関係みたいなものが生まれるのかと思ってもいたのに。


「ほら、言ってよ、臨也って」


ほら、と耳のすぐ下の柔らかい皮膚に軽く唇が触れて、びくりと体が震えた。
何とかしたい、この状況を何とかしたいと、うろうろと視線を彷徨わせて、ここが車の中で道路のど真ん中で、誰かに見られていてもおかしくない状況だということにふと気付く。


「―――――っっっっ!!?」
「ほら、信号変わっちゃうじゃん、早く言わないと他の人に迷惑だよ?」


その瞬間、沸騰したように顔が熱くなり、臨也の声が更にその熱を高めてくる。
赤色に灯る信号が見える、その近くに青色の横断歩道の信号が見える。
その青色がちかちかと点滅を始めて、静雄の鼓動もどきどきと高鳴りを増す。
出会って数回目の警戒しなければならい男に下の名前を呼べと言い寄られ、それは何とかして断りたいのだが、自分たちのこの応酬で他人に迷惑だけはかけたくない。
2つの思考が相反して静雄の中でぐるぐる回る。
青だった信号が黄色に変わる。
もうすぐで、赤に変わる。


「い・・・いざ、や・・・」


青になった信号が進めた車の列の流れに乗って、車が発車する。


「よくできました」


ちゅ、と唇に落とされたキスに気付いたのは、満足した臨也が運転席にしっかり腰をおろして、ハンドルを両手で握り直した時だった。



















(は・・・恥ず、かし・・・!)







・・・・・・・・・・
いやぁ全然進まない((
やりたい事がいっぱいあって・・・もうちょっと欲を押えたほうがいいのかもしれないですね。
最後の名前呼ぶのもちょっと蛇足だったかな?
まぁ、その部分だけ習作だと思っておいてください←
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -