「おーす総司ぃ」
後ろから妙に間延びした声をかけられて振り返った。この学校で僕にこんな馴々しく話し掛けてくる女子生徒は一人しかいない。
「どうも部長。今からご飯ですか」
「そーそー、そういう総司も今から?」
「そーですよ」
「なら丁度いいや、久々ついでに一緒に屋上でランチしよーよ」
けらけらと笑いながらばしばし僕の背中を叩いてくるこの人こそ、僕の憧れの部長、この薄桜高校の吹奏楽部長、五十嵐部長だ。
おかっぱ気味のボブカットがよく似合う、相変わらずの細身の体からとんでもない音量を作り出すトランペッターで、僕のパートのリーダーでもあったりする。
中学の時は「私より音量ちっさいうちは男って認めないわよ!!」なんていう他の人からしたらあまりにも高すぎるハードルを作ったりするので、正直ふざけんなコイツとも思ったんだけど。
まぁそのおかげで今では誰にも負けないくらいの音量がついたから懐かしい思い出だ。
でもその迷惑加減は相変わらずで、入学して初めて会った時は、
「・・・あんた本当に総司?」
「そですけど・・・僕、そんなに変わってます?」
「いや、まずあんたでかくなんの早いわ!!」
「いやぁ、一応僕も成長期っていうものがありましてねぇ、男を舐めちゃダメですよセンパイ」
「なっ何!?いつだ!?」
「中2になってすぐにぐんぐんと」
「総司の癖に生意気な!!」
・・・なんて言って入学早々に本気で飛び蹴りされた。ていうか総司の癖にって何。僕そんなにちっちゃかったかな。
・・・ちっちゃかったな。
「いやもうさー2時間目の途中から腹の虫が鳴きまくっててー弁当全部食べちゃったんだよねー」
「・・・僕の目にはちゃんと中身の詰まった弁当が見えますが」
「ああこれ二個目」
「二個目!?」
今も屋上で向かい合って馬鹿な会話してる。
相変わらずよく分かんないんだよなこの人。
普通の女子、いや、人間からはあんまり考えないことを普通にしようとするんだもん。
そこもちょっと憧れる。
「そういや入学して一週間だね。どうよ?新入生生活は」
「んーまぁそこそこ楽しいですよ。クラスでも友達は出来たし、部活でも・・・女子ばっかだけど」
「あー」
さりげなく言った僕の言葉に部長が困ったような顔をする。いつも明るいこの人にしては珍しい。
「ホントそこはごめん、今まではいたんだけど、去年で全員卒業しちゃったからさ・・・」
「別にそこは部長の所為じゃないでしょ。確かに僕一人っていうのはびっくりしましたけど、それで部活ができないって事でもないんですから」
僕の目的は貴女と部活する事なんです、とはあからさまには言わない。
この人は優しい人だから、そんなこと言ったら最後、僕の進路が私の所為でとか言いだすかもしれないんだ。
ただでさえ男子が僕一人で申し訳なく思われてるのに。
「まぁまだ新入部員がいないって訳じゃないだろうから、勧誘ポスター貼り出してみるわ・・・他に色々問題あるし」
「・・・と、言いますと?」
何となく分かってたけど、話が途切れるのは嫌だったから聞き返してみると、案の定だった。
「誰もいないパートがあんのよ・・・まさか誰も入ってこないとは思って無くてさ、困った困った」
今年の新入部員は僕を入れて25人、勿論24人は女子。全体的に経験者が多くて、そうするとどうしても手持ち楽器の多いクラリネットとかフルートとかのメロディ楽器に人が集まってしまう。
トランペットパートも僕を入れて新入部員が3人、全体で10人という大所帯だったりする。
とはいっても僕はまだ部活全体を良く知らないので良くわからない。
いないとすれば、チューバとかユーフォニウムとかの低音辺りなのかな。
「ハズレよ」
「え・・・じゃあ何ですか」
「オーボエ」
「・・・はぁ?」
苦々しいぼそりとした呟きに、僕は素っ頓狂な声をあげた。
オーボエといえば吹奏楽でもソロなりメロディなりに引っ張りだこの楽器だ。何でまた?
・・・いや待てよ、確かにダブルリードって人がそもそも少ない。
一つのバンドを取ってしてもクラリネットが10人近くいるのに対して、オーボエは精々1人、多くて3人といった感じだ。
なのに重要な楽器なんだから更に始末が悪い。
「ど・・・どーすんですかそれ。まさかコンクール・・・」
「課題曲はオプションだから大丈夫なんだけど、自由曲はその所為でまだ決めてないのよねー。今やってるのは仮決定なんだけど、やっぱりオーボエは今後の事考えても欲しいし・・・」
「まぁ・・・確かに」
オーボエが1本入っただけでも曲全体の印象ががらっと変わるときだってあるんだ。
オーボエのソロと言えばやっぱり見どころだし聴きどころだから、コンクールの自由曲なんかにはオーボエのソロは持ってこいで。
・・・やっぱりもし目立つ所がなかったとしてもオーボエは気持ち的にいてほしいかなぁ。
もしこれ以降に入る子がいたら、その子がオーボエで、かつ男子生徒だったら部長も大喜びで僕も万々歳なんだけど。
・・・まぁ、そこまで上手くいくわけないよねぇ。