10










「幽平さーん、スタンバってくださーい」
「あ、はい」


スタジオからの声に幽が静かに答える。そしてそのまま静雄の方に向き合った。


「じゃあ、俺行ってくるよ。兄貴はここにいて?」
「・・・俺もうすぐ帰る。こんな所ずっといれないだろ」
「え・・・いいよ、いてよ。帰る理由なんてないじゃない・・・」
「俺完璧部外者だろうが・・・、いても何にもなんねぇし」
「なるよ。俺が頑張れるから。しかも兄貴は部外者じゃないし」
「だから俺がいなくても頑張れよ・・・。そろそろ帰って買い物行かねぇと晩御飯間に合わねぇって。だから、な?」


静雄の言葉にでも、と言い募ろうとした幽だったが、その上からスタジオからの催促の声がかぶさって、渋々といったようにスタジオに消えていった。
こんな風に幽の仕事場にくるのはもう慣れてしまった。
お弁当を食べようだの仕事を見てほしいだの色々と言い募られて結局毎回ついてきてしまう自分はやっぱり弟に甘いとは思うのだが。


「・・・はー・・・」


思わず漏れ出た溜息に、幽のマネージャーの卯月が静雄を見て苦笑を漏らす。
それに軽く苦笑を返して、それじゃあ失礼します、と一礼してから撮影スタジオから廊下に出た。
多分、幽が静雄を引っ張り回すから疲れているのだろう、とでも思われているのかもしれないが、実のところこの溜息はそれが主な理由ではない。
忘れたいのに忘れられない、思い浮かぶのは端正なあの顔。


―――折原臨也。


何も言わずに臨也の家から飛び出したあの日、幽は丁度仕事が長引いて夜遅くまで帰ってはこなかった。
だから夜遅くまで風呂に入ってこれからどうするか頭を冷やして色々と考えたが、どうもあの顔が頭から離れない。

(―――・・・どう考えたって俺は悪いことはしてないし・・・)

何であの話の流れであんなことをされたのか。
あんなこと、と思うだけで今でも顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
ともあれ会おうと思わなければそう簡単に会える人でもないので、そう深く考えることもないか、とそう考えていた。


が。


「・・・あ」


どこかで見たことのある黒いシルエットに気付けば静雄の口からはそんな間抜けな声が出ていた。
こちらが気付いているだけであちらが気付いていることもなかったのに、わざわざこちらの存在を知らせてしまうようになったことに気付いても既に遅く。
こちらに振り返ったその人物は、僅かに顔をしかめて、完全に静雄の方へ体を向けて、そして「ねぇ」と声をかけてきた。
しかしそんな声に耳を傾ける理由など静雄には最早存在せず。
回れ右をして駆け出そうとした瞬間に、背後からの腕が静雄の腕をむんずと掴んだ。


「ねぇってば、ちょっと待ってよ、ねぇっ!」


ぐいっと腕をひかれてよろめいた体を支えられるようにして肩を掴まれると、非力は静雄に逃げ道はない。
せめてもと出来るだけ力を込めて臨也の瞳を睨みかえす。


「な・・・何ですか」
「何ですか、じゃないよ。話があるからちょっと来て」


遠慮のない言葉と同時にそのまま引きずられそうになって、慌てて両足に力を込める。


「おっ俺にはないですっ」
「じゃあここで話してもいいの?」


ぐっと言葉に詰まってしまうともう無理だった。
臨也の視線がぐさぐさと突き刺さってもう何も言えない。
それにあんな話をこんな誰かが通るかもわからないテレビ局の中のスタジオ前の廊下で喋られると考えると、静雄はもうそれだけで憤死しそうだった。


「それは・・・嫌、です・・・」
「じゃあいいよね?」


そのままぐいぐい引っ張られながら仕方なく臨也に従うしかなかった。
そして着いたのは臨也の楽屋である。
入って、と背中を押されて半ば強引に部屋の真ん中にある机の前に座らされる。
そして臨也は静雄の向かいに座る。
頑張って目を合わせないようにしながら、静雄は持っていた鞄を抱えて小さくなるしかない。
あの時の記憶がまざまざと甦ってきて、余計に目の前の人物と目を合わせることなどできなかった。


「・・・あの時何で逃げたの?」


ぼそり、と臨也が静かに問うてくる。
その声は確かに静かだが、微かな感情が見え隠れしていた。


「あっ・・・あの状況で部屋にいる方が、おかしいとおもうんですけど・・・?」
「何で?部屋行ったら誰もいないから結構俺焦ったんだけど」
「焦ったのはこっちですよ。・・・ていうか、あんなことされて正気じゃないほうがおかしいです」


あんなこと、と言っただけでも恥ずかしさが込み上げる。
顔の微かな火照りを自覚した時、臨也が「は?」と嘲笑うように笑った。


「あんなことって、君はどうせ慣れてたんでしょ?そんな恥ずかしがることなんて無かったくせに」
「っはい!?」


聞き捨てならなかった。
断っじて聞き捨てならなかった。
・・・慣れている?
アレに?


(―――そんなことあるわけないだろっ!!?)


「ちょ、ちょっと待って下さいよ、え、何で?俺が慣れてる?そんなことあるわけないでしょーが!!」
「そんなことあるよ、初めてじゃないんでしょ?」
「あんなことやっててたまりますか!あんなこと1度もやったことなんてないですよ!」
「・・・慣れてないの?」
「慣れてないですっ!」
「・・・嘘だぁ」
「だから嘘じゃないですっ!!」
「だぁって・・・あんな気持ちよさげに喘いでたじゃない」
「なっ・・・!?あ、喘いでなんかいませんっ!!」


心底信じてないありえない、というような顔をしてさらっと凄いことを言うものだから、静雄は顔を真っ赤にして反論する。
そんな静雄を尻目に、ふーんそぉ、と納得してるのかしていないのか良く分からない風に頷きながら、静雄をじろじろと上から下まで視線を這わすように見つめてくる。
その視線に背筋が震えそうになるのをひたすら堪えて、静雄は唇を噛んだ。


「とっ兎に角、今後はもう話しかけないでください。今回の件は不注意に貴方に近づいた俺の責任でいいですから」
「へぇ、まるで俺の事をどっかの悪い奴みたいに言うんだね?」
「そのまんまですよ。もしくは躾のなってない犬かなんかです。その犬に不注意に近づいて行った俺が噛まれて怪我しただけですから」
「・・・犬、ね」


面白いじゃない、と臨也は机に肘をついて目を眇めた。
その姿さえも雑誌の1ページのように美しく見えて、悔しい。
何故、こんな劣等感の塊に自分に、こんな人間が手を出したのか。
全くもって静雄にはさっぱり分からなかった。


「じゃあ・・・その噛んだ責任、俺がとるよ」
「・・・は?」


臨也の手がするりと伸びてきたと思ったら、すぐ近くに端正な顔があって息をのんだ。
見たことのない綺麗な色の赤い瞳。
そこに映りこんだ自分の表情が見たくもないくらい浅ましい。


「体の相性は良かったでしょ?」
「―――――っ!!?」


臨也の言葉に顔が一瞬にして真っ赤になったのが分かる。
内心を悟られないように頑張って作っていた必死の表情が水の泡になってしまった。


「な、何言ってんですかっ、嫌ですよそんなのっ!」
「なんでー?気持ち良かったでしょー?」
「よっ!?良くなかった、ですよっ!!」
「え、そうなの?じゃあ今から気持ち良くしてあげるよ?」
「や、やーっ!!?」


とんでもない言葉とともに伸びてきた手をギリギリのところでかわして、静雄はもう耐えきれない!と鞄を引っ掴んでかわした反動のまま立ち上がる。


「も、もう帰りますっ!今から家帰らないとなんないんでっ!!」


そのままドアノブに手をかけようかとした途端、


「しょうがないなぁ・・・あんまり使いたくなかったんだけどね、この手」


振り向くと、黒の携帯を手の中でいじる臨也がいて。
その目がこちらを向いたかと思うと、口元が妖しく歪んだ。


「あの時の写真、ばらされたくないでしょ?特に弟君に、さ」
「・・・なっ!!?」


いつの間にそんなの撮ってたんだ、と思う前に、何故臨也は静雄に弟がいることを知っているのだろうか。
混乱する静雄に、臨也は笑いながらゆっくり立ち上がった。


「君、あの羽島幽平のお兄さんでしょ?」
「な・・・なんで、それ・・・」
「分かるよ、顔見たら。雰囲気は違うけど顔立ちとかそっくりだしね」


何と言っても、


「羽島くんがいるスタジオの方向から歩いてきたのが・・・何よりの証拠、だよねぇ?」


近づいてきた顔が、静雄の目の前でにっこりと笑う。
その笑顔に、静雄は何も言葉を返せない。
まず、静雄自身は、幽と兄弟であるが顔はほとんど似ていないと思い込んでいたのだ。
根本的に性格が違うこともあるのだろうが、ツーショットで写真を撮ったとしても静雄の友人でも2人が兄弟とは誰も気付かないだろう。
幽と静雄が兄弟だと知っているのは、古くからの友人の新羅を始めとする数人だけなのだ。
それを、この男は出会ってほぼ2日と言っていい時間の間に、すぐに見抜いてしまったのだ。
今までにない経験に、静雄は何と返事をしていいのか良く分からず、沈黙を返すしかない。
その沈黙を肯定と取ったのか、臨也は静雄の背中に付いてしまっているドアに手をついた。
まるで、静雄が逃げないようにするように。


「ねぇ、平和島静雄君?俺と取引しようよ。この写真を君の弟君にバラさない代わりに、君は俺の言うこと聞いてもらうんだよ」
「・・・脅しの、つもりですか」
「言ったでしょ、取引だって。俺の言うこと聞いてくれさえすればいいんだから問題ないでしょ?」


問題大有りだ、と言いたかったが目の前で黒い携帯を振られてぐっと押し黙る。
あの世話焼きな幽が自分のあんな姿を見たら、本気で失神しかねない。その前に静雄自身が失神するが。
この際は自分のつまらないちっぽけなプライドに目をつむるしかないらしい。


「・・・分かりました、言うこと聞きますから・・・その写真消して下さい」
「ま・・・すぐ消しちゃったら面白くないから、また今度ね」


片手で携帯を閉じる臨也。
その仕草さえいちいちかっこいいもんだからここまで来ると見惚れることを通り越してなんだか恥ずかしくさえ思う。


「じゃ、また迎えに来てあげるよ。次会ったときに、ゆっくり色んなことしようね―?」
「・・・何かヤですそれ・・・」
「あ、あと、」


静雄の言葉を綺麗にスルーしたと思ったら、白くて綺麗な指が、静雄の顎を捉えてくいっと上げさせる。
次の瞬間、唇に触れる温かな感触。


「・・・っ」
「契約の印・・・ね?」


にっこりとどこかのテレビで見たような笑みを浮かべて、もう一度近づいてきた不埒な唇は、


「折原さーん、スタンバイお願いしますー」
「・・・残念、また今度ね」


扉の向こうから聞こえてきた声によってするりと静雄の脇を通って、さっさと控室を出ていってしまった。

あとに取り残されたのはただ呆然と突っ立つ静雄のみ。
・・・契約の印に、キスって何。
どこまでもかっこいいと思ってしまう仕草に、自分がいら立っているのかそうじゃないのかすら分からなかった。






















(もう・・・なにがなんだか)
(さて・・・楽しくなってきた)






・・・・・・・・・・
一気に進展させたくてがっと話を進めてみましたが私自身がついていけない状態に←
今までの展開が某BL小説に沿ったような形なので、何かしら違う話を早く入れたいです。
個人的に幽を物凄く出したい。(((
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