08
会いたいと、もう一度会いたいと焦がれた人物が目の前にいる。
『もう一度お会いしたかったんです』
ああ。
何ていい響きなんだろう。
「・・・これって」
静雄が差し出したものに臨也は僅かに目を丸くした。今まで感じていた俳優といての形のようなものが少しだけ緩んだ気がして、静雄の心が人知れず弾む。
まさかずっと持ち歩いていたとは流石に思わなかったのだろう。静雄ですら、持っていたハンカチを返す日がこんなにも早く来るとは思わなかったのだから。
「あの時、俺動転してて何もお礼言えずじまいだったので・・・、ほっ本当に有難うございましたっ」
「いや、それは良いんだ、気にしないで。・・・でもまさかこう来るとは思ってなかった」
「・・・こう来る?」
不思議そうに首を傾げる静雄から受け取ったハンカチを手にして、臨也は些か感慨深げに唸る。
「だってまさか・・・出会う確証も無い人間のハンカチをずっと持ち歩かれてそれを渡されるなんて、誰も思わないよ」
「た・・・確かに」
今から思うと確かに自分の行動は少々現実から逸脱していたようにも感じられる。またいつか出会いたいという願望は、余りにも夢物語に近い。
しかし、そんな夢物語が現実となった今、その考えは合っているのか間違っているか、静雄はよく分からなくなっていた。
「まぁ・・・びっくりしたけど、結果オーライって奴?兎に角、ありがとう」
「い、いえ、そんな、俺の方が謝らなきゃいけないのに・・・!」
にっこりと満面の笑みを向けられてその瞬間に顔が熱くなるのを感じた。それを誤魔化したくて静雄は未だ完食できていなかった弁当をつつく。
その様子がおかしかったのか、くすくすという笑い声が聞こえてきて、更に居たたまれなくなってしまった。
「でも、俺も気になってたんだよね。俺も正直顔覚えてなくて曖昧でさ、偶然会えたらラッキーかなって感じだったんだけど」
まさか本当に会えるとはねぇ、とまた臨也は笑った。その笑い方がイメージとは違う気がして、何となしに見とれていると、机の上に空になった弁当箱が置かれた。
まだ静雄の中身は半分以上残っているのに、その一回り大きな弁当を平らげるなんて、余程お腹が空いていたのだろうか。
「いや、でも本当に偶然ですね。今でもあまり実感が湧いてこないです」
「結構、間が空いたからねぇ。すぐにこうやって会えたら良かったんだろうけど、俺はすぐ後に仕事入っちゃって」
「あ・・・それって今日テレビでやってた奴ですか?映画の撮影で海外に行ってたとか」
「そうそれ。ちょうど空港からの帰りに君を見つけてさ。お腹も空いてたからタイミングばっちりだよ」
お陰ですっかりお腹いっぱいといった風の満足そうな笑顔に、そうですね、と曖昧に頷いた。
そんな風にしか反応を返せない自分に微かな苛立ちを覚える。自分が極度の人見知りだと分かっていても、人の話に乗り切れない事実は、やはり苦しい。
しかも今の相手は恩人ともいうべき存在。静雄は臨也にもそんな自分の態度は悪い気がして、いたたまれなかった。
そんなことを考えてながら思わず俯いた時だった。
「・・・何それ」
「・・・?」
「その、首のやつ」
くび?と思って視線の先にある首筋に触れるが、手のひらには自分の皮膚以外何も触れない。
「その赤いの。・・・誰かに付けられた?」
「赤い・・・?」
赤くて、付けられたもの、その2つの言葉で思いつくものが一つしかなくて、その正体が解った瞬間に顔が今までに無いほど瞬間的に真っ赤になった。
「ーーーーーっ!!!?」
「お。思いあたる節でもあった?」
くすくす笑いながら臨也がからかってくるが、今の静雄の恥ずかしさには到底適わない。
しかし何を思ったのか、臨也は更に首に付いた赤い跡、朝に幽が寝呆けながら付けたであろうキスマークについて追及し始めた。
「君、結構淡白な子だと思ってたんだけど・・・いやぁ、やっぱ人間って外見で判断しちゃダメだねぇ」
「ちっ・・・!?違いますっ!!これはそんな意味じゃなくてっ」
「じゃあどんな意味?」
「え、えと・・・、い、悪戯された、だけです・・・」
「・・・ふぅん?」
弟にご飯と勘違いされて噛み付かれました、なんて何が何でも言いたくなくて、静雄なりの精一杯の返事をしたつもりだったのだが、臨也は納得していないようで意味深に相槌を繰り返す。
そして不意に立ち上がって静雄の隣に座ったかと思うと、ぐぐっと顔を近付けて、動けない静雄の耳元で独り言のように囁いた。
「先、越されたんじゃしょうがないなぁ。仕方ないから・・・俺は後から頂くよ」
(後悔しないぐらい、いい思いさせてあげる)
・・・・・・・・・・
つっついにここまできたか・・・!!(汗)
さて次が大変だ。
頑張ります。。。