03










『・・・ちょっと、貴方今どこにいるの?』
「別にー?大したところじゃないよ。只仕事から抜け出した後さ」
『今すぐ帰りなさい。今すぐによ』
「えーもう俺お腹すいたし疲れたからやだ」
『・・・帰れって言ってるのが聞こえないのかしら』
「君ってさ―、顔はすごく綺麗なのに性格すごーく残念だよねー。何回も言ってるけどもうちょっとさ、女性らしくしようよ」
『その女性らしさを根本から奪い取ってる原因が誰なのか分からないわけ?』
「えー分かんないなー俺関係ないし・・・って分かった分かったよ絶対戻る戻りますから許してお願いだから。分かってる分かってるってば絶対戻りますってぅわわわわ!!?」










「・・・ふぅ」


大学の授業も終わり、静雄は目の前に広げていたノート類をぱたぱたと片付ける。
静雄の今日の授業は終りだが新羅はまだ大学に残るらしい。
彼を待っても仕方ないので静雄は一人で帰ることにした。


「・・・さてと」


大学の廊下を一人で歩きながら今日の晩の献立を考える。幽はクリームシチューが良いとは言っていたが、記憶に残る冷蔵庫の中身はその材料にあてはまるものが少ない。
欲しかった本だけ買ってからスーパーにでも行こうか、と、ひとまず大学生協に足を運ぶ。しかし目当ての本は見つからず、仕方ないので大学近くの本屋に行くことにした。
時間を食うことも考慮に入れ、一応急ごうと裏道を通っていると、小さな公園にたどり着いた。
閑静な住宅街の近くにある小さな公園は遊具も少なくすっきりとした感じで、いつかお昼でも食べにくるかと思うくらいの好印象を持てる。
しかし今日はベンチ付近に若い男数人がたむろしている状態だった。
派手な色に染められた髪にピアスにアクセサリーそして手には携帯、といったいかにも現代の若者といった集団に少々悪い印象をもつ。集団から距離をとって小さな公園を横切ろうとすると、鞄の中の携帯が震えだした。


「はいもしもし。幽?どうした?」
『兄貴?今・・・大丈夫?』


仕方なく足を止めて電話に出ると、今は絶賛仕事中のはずの幽からだった。
幽の身に何か起こったのかと一瞬身がまえたがどうやらそうではないらしい。


『ごめん、仕事が長引きそうで晩御飯までに帰れそうにない・・・今日も先に食べておいて』
「え、あ、あぁ、分かったよ。じゃぁ作り置きしといてやるから、帰ってから食べろよ?」
『ありがとう兄貴。・・・ごめん、本当にいつも・・・』
「いいって、仕事なんだからしょうがないじゃん。」


電話の向こうでしょげているらしい幽をなだめて、電話を切る。
また今日はかなり帰りが遅くなりそうだなと考え、そこまで急ぐ必要もないかなと考えていた時。


「ねぇ」
「わっ!!?」


突然後ろから肩を叩かれて、素っ頓狂な声が出た。その拍子に携帯を落としそうになり、あわててキャッチして握りしめなおす。
ドキドキと未だ忙しい心臓をなだめつつ恐る恐る振り返ると、先程ベンチの辺りでたむろしていたはずの男たちのうちの一人がいた。
決して知り合いでもないので顔に全く覚えはない。寧ろこちらから避けて通ったほどなのであまり近づきたくない人たちであったはずだ。
それなのにやけにニヤニヤを静雄の顔をじろじろと見つめられ、極度の人見知りの静雄にとっては、あまりのことで羞恥に似たものすらこみあげてきて、既に顔から火が出そうだった。


「な・・・なん、で、すか・・・?」


公園で何か落し物でもしただろうか、それともほかに何かあったのか?ぐるぐると回る頭の中でもう一度物事を整理しようとしていたら、未だベンチにいたらしい残りの男たちが「はやくしろー」と静雄の目の前の男に向かって笑いながらせかすように言った。


―――「はやくしろ?」何が?


事情もまったく掴めぬままでいたら、ようやく目の前の若者が口を開いた。


「へぇ・・・可愛いじゃん。マジで男だよね?」
「・・・は?」
「ねね、今から俺たちと遊ばね?悪いことしないからさ」
「・・・はぁ?」


あまりに突飛すぎた発言に気の抜けた言葉しか返せない。


(ってか可愛いって何!?)


俺男なんだけど!?と内心パニックに陥って何の反応も返せずにいたら、背後から伸びてきた別の手に素早く眼鏡を奪われた。


「ぅわっ!?」


一瞬にして視界がぼやける。どうやらベンチにいた残りの男たちがこちらへ近づいた結果奪われたらしいが、突然のことで気が動転している間に手首をがっしり掴まれる。


「お、眼鏡無かったらもっと可愛いじゃん。なぁなぁアンタマジで男?変装とかじゃねーよな?」
「なな、急ぐ用事ないんだろ?遊ぼーぜ、ゲーセンとか行こー??」
「なっ何・・・っ!!?あ、あの、離して・・・っ!!」


近づいてきた顔にびくりとしてあわてて手首に巻きつく手を振りほどこうとする。しかし相手は静雄より一つ高い男。そう簡単に振りほどけるはずもなく、それに加えて後ろにいた男が腰に手を回してきた。


「わ、わぁっ!!」
「うっわ腰ほっそ・・・マジで女見てぇ」
「やっ・・・はっ離してっ離せよ・・・!!」


煙草臭い息が頬にかかり、生理的な嫌悪感に肌が粟立つ。助けを呼ぼうにもこんな閑散としている場所ではだれか来てくれるはずもない。それ以前に、只でさえ人見知りが激しい静雄は人に対する恐怖で声が出なかった。
じわりと涙がにじむが、それすら笑いの種にし、男たちは動けない静雄を強引に引っ張っていこうとする。
せめてもの抵抗をと、未だ腰に回った腕を引きはがそうとした時だった。


「何してんの、君たち」


若い男の声が響いて、静雄は声のしたほうを見た。
眼鏡を取られているのでよく見えないが、誰も来ないと思っていた場所に誰が近づいてくる。


「ねぇ」


こちらへ迷いなく歩を進めてくる声の主に対し、若者たちは今までの軽さを総投げして牙をむき出しにした。


「んだテメェ、勝手に手ぇ出してくんじゃねぇよ!」
「いっいやだっ離せってば!!」
「オッサンは関係ねぇだろ!どっか行ってろ!!」


さらに強く絡みついてきた腕と怒鳴り声にびくりと体を震わせたのは静雄だけで、声の主はさしてひるむ様子もなく、静かに溜息を吐いたようだった。


「あのさぁ・・・その子明らかに嫌がってんじゃん。そんなのも分かんないわけ君たち。あぁ、携帯の見すぎで脳味噌腐った?っていうか男に声かけてる時点で分かってるか」
「んだと!?」
「ナマ言ってんじゃねぇぞ!!ぁあ!!?」
「美しくないなぁ、そんな大勢で品の無いナンパ。・・・本当、美しくない」


売り言葉に買い言葉。どうやら静雄の味方をしてくれているらしい男の言葉も凄まじいが、それに対する若者の食い付きがハイエナ並みに凄まじい。最早静雄の存在を忘れたかのような勢いだった。
しかし若者たちは少なくとも5人。男は1人。多勢に無勢なのは目に見えているのだが、そんな状況をもろともせず、男はその場に悠然と立っていた。
その様すらも若者たちをいらだたせるらしく、公園の空気は一気にピリピリとしたものと化す。
何故若者たちが静雄に声をかけたのか、という疑問は静雄の頭の中には微塵も存在してはいなかった。
その代わりに脳内を支配するのは、この状況を何とかしなければならないという焦り、そしてそれを遥かに凌駕する恐怖。


「・・・ぅ・・・」


その場のあまりの空気にいたたまれなくなって、涙がついに頬を伝う。
思わず漏れた押し殺した嗚咽が、若者たちの思考を一瞬惹きつけた。


その一瞬を男は決して逃がさなかった。


「っぐあっ!」


鈍い打撃音とともに何かが倒れた音がして、はっと顔をあげると、男が若者の一人に華麗な回し蹴りを喰らわせた後だった。
そのまま若者たちの鳩尾、首筋、顎に向かって打撃を最小限与えて、男はものの1分ほどで全員をのしてしまった。


「―――次に来たら手加減しない」


そしてヘタな脅しよりも迫力のあるその冷たい声音に負けた若者たちは、転げるように駆けだした。
残されたのは、涙をぽろぽろ流したまま呆然とへたり込んでいる静雄と、助けてくれた男のみ。


「腰でも抜けた?」


僅かに笑みを含んだような声音に、よく見えない視界のまま声の主を見つめる。
はい、と落ちていた眼鏡を軽く押しつけられて、なすがままにそれを受け取り握りしめた。
落ち着け、落ち着け自分、と念じるが未だ涙は止まらない。言われてから慌てて袖で拭おうとしたら、その前に男が取り出した黒いハンカチで拭われる。


「怖かったのはわかるけどさ。君も男なんだからこんなことでそんな簡単に泣いちゃだめじゃない。ほら、これ使っていいから泣きやんで」
「っす、すいま、せん・・・」


昔から泣き虫だ泣き虫だと周りから言われ続けてきたが、流石に見も知らぬ他人に言われると恥ずかしい。
ぐしぐしと目頭をこすって涙を無理やり止めようとしていると、ふと目に入った腕時計の時間が見えた。
その時間が予想以上に経過しているのに気がついた。このままだと幽が帰ってくるかもしれない。


「あ・・・こんな時間・・・!?」
「ん?時間?」
「すっすいませんっ俺帰りますっ!ありがとうございましたっ!」


慌てた静雄はそのまま一目散に逃げ出した。
必死で走って電車に飛び乗り、ぜぇはぁと息を切らせて席に腰を落ち着けて、そこでようやく思考が復活した。
目的の駅までの時間はとてつもなく長く感じる。目を落とすと手にあるのは自分のものではない黒いハンカチ。慌てていたせいでそのまま持ってきてしまった。
助けてくれた人の名前もわからない。それどころか眼鏡をかけていなかったせいで、ぼんやりとシルエットしかわからない。しかし現れたタイミングも若者たちの撃退の仕方も鮮やかとしか言いようがなく、本当に助かった。
だが、その恩人に礼も言わず逃げるとは本当に失礼極まりない。
顔も知らない人なのであっても分からないかもしれないが、いつかまた会えたら、この黒いハンカチを渡さないといけない。
出来ることなら再会して、きちんとお礼が言いたい。


―――それまでは、このハンカチ、大事にとっておこう。












(にしても・・・あの人、かっこよかったな)










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お待たせしました03です!!
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