02
「―――あのさぁ、俺はこう思う訳」
昼時の大学は1日の中で最も人が集う場所と化す。
午前中の授業を終えた学生は、すぐに帰途に就く者と何かしらの目的で大学に残る者に分かれる。
そして午後からの授業を受ける学生は昼時を狙って、大学内で食事を済ませてから授業を受けようと、思い思いの場所で有意義な時間を過ごしていく。
「人間にはそれぞれ許容範囲っていうのがあるんだよ。好きな食べ物とかタイプの顔とか腹八分目の度合いとか」
とりわけ学生食堂は人気スポットであり、人という人で溢れかえることがこの時間帯の常である。
「それは見た目関連性のないものに思えるんだけどそうじゃなくてね。それらに共通することがあるとすれば、それらは慢性的なものだってことなんだよ」
生協に足繁く通う者、
人の多さに思わずおののく者、
最後の1枚を巡って仁義なき食券争奪バトルを繰り広げる者、
思い人を探して忙しなく辺りを見回す者、
まわりがどれだけうるさかろうがただひたすらに食べることだけに集中する者、
「それを何らかの方向に転換させようとするならば、それははっきり言って私がセルティを嫌いになることと同じぐらい困難なわけ。・・・想像するだけで嫌なんだけど」
個性あふれる人々が集まるこの場所は、さながら一種のコミュニティを形成しているようにみえる。
「だから今この短時間で何とかしようと思うのは正直言って無駄だと思うよ?猪突猛進、軽挙妄動、よく言って不言実行かな」
―――その、コミュニティの一部。
「だからさ静雄」
何でもない、特別でも何でもない日常として、彼らは存在し、会話を交わす。
「正直もう諦めた方がいいと思うな。というか最初から無理。無理無理。絶対無理」
「・・・人が必死に頑張ってんのにうっさいな・・・・っ!!!!」
「・・・涙目でスパゲティ食べてるの君ぐらいなんだけど」
その存在である静雄は、ミートスパゲティをちまちまと口に運びながら、目の前の岸谷新羅を涙の浮かんだ目で睨みつけた。
別に静雄はスパゲティが嫌いなわけではない。
寧ろ味覚がお子様と言われる静雄の大の好物である。
しかし今の静雄にとってスパゲティを完食するということはかなりの苦痛であった。
つまり。
静雄の少食ぶりは、異常なまでの少食なのである。
―――スパゲティ3口で腹が満足するほどの。
「単刀直入に聞くよ。今どういう気分?」
「・・・正直すげぇ後悔してる・・・」
もう無理だ、とフォークを置くと、当たり前のように新羅がそのフォークを手に取り、皿に残るスパゲティを食べ始める。
静雄がその様子をうんざりしながら見つめていると、新羅が手は動かしながら視線を静雄に寄越してきた。
「・・・何だよ」
「いやぁ・・・静雄とご飯を食べてると少食の彼女とデートに来たみたいだなぁ、って思って」
「・・・ここにもう一本フォークあんの分かって言ってんのか」
「ごめんなさいごめんなさいっていうか僕の彼女って言ったらセルティしかいないから安心して大丈夫冗談っ冗談だってばぁぁぁあああだだだだだ!!!!」
「謝ってるようには聞こえねぇンだよこの野郎・・・っ!!」
静雄が新羅の腕に思い切り突き立てたフォークにさらに力を込めると、新羅は意味不明な言葉を発しながら悶絶する。
「い・・・いやぁでもさ、静雄も何気に健気だよねぇ、幽くんとの約束守ってちゃんと実行してるんだから。食べ切れてないけど」
「その食べ切れなかったやつを食べてる手前は何者だよ」
「食費が浮くこと考えたら別にいいかなと」
「・・・まるで幽が手前に飯食わせてやってるみたいに聞こえてきたからヤメロ」
何言ってんの事実じゃないと静雄の癇に障るようなことを朗らかに言いながら、新羅は腕を擦りながら笑う。
「でも頑張ったね、食堂のスパゲッティ3分の1完食って静雄にしては快挙じゃない?」
「・・・かもな」
「あれ、何だい不満?いいじゃないかこの間なんてお腹すいたとか言っといて3口食べてギブアップだったんだから」
「・・・うっせぇ」
過去をわざわざ掘り返すな、と静雄は視線を逸らしながら呟くが、現状に満足していないのは一目瞭然である。
「・・・正直、半分は食べれると思ってたんだよ」
「んー、まぁ前に比べたら食べるようになったことは事実だしねぇ・・・そう思っても仕方ないか。でも無理はしないでくれよ頼むから」
「・・・でも、」
「言っただろう、軽挙妄動、猪突猛進、よく言って不言実行」
ぼそぼそと呟く静雄に、新羅はスパゲッティの最後の一口を口に放り込んで笑いかける。
「少しずつでいいんだよ、静雄。試験前に一夜漬け皆無で成績優秀な君の勉強法みたいなものさ、一日でどうこうしようとしなくていい。少しの時間でどうにかなるようなものでもないんだしさ」
「・・・ん」
自分のことを引き合いに出されて何も言えない静雄は、もっともだと小さく頷いて息をついた。
その視線は、新羅の前にある、空の皿に注がれたままである。
「でもよ、やっぱり・・・もっと食べたほうがいいんだよな・・・」
「そりゃまぁね」
「・・・うぅ」
新羅の即答に更に沈没する静雄。
額をテーブルに打ち付けた茶髪を見つつ、新羅は手を合わせ、ごちそうさまと頭を下げる。
「でも食べたいと思えるだけ君はマシな方だよ?世の中にはダイエットと称して死に急ぐような行為をする人間だっているんだから」
「・・・俺は普通の食事がしてぇ」
「・・・何言ってるんだい君。まっ・・・!!まさか君にはさっきのスパゲッティが粘土細工とかにでも見えて立っていうのかあいたぁっ!!!!」
「いい加減にしろよ手前・・・!!」
「まっ・・・!?待って待って全力で待って!?悪かった今のは冗談にしてはキツすぎたかもしんない本当にゴメン謝るからお願い流石にナイフとフォークの二刀流はやめてっ・・・!!」
自由な方の腕でギブギブと机を叩きながら謝罪と懇願を繰り返す新羅を見て溜め息をつきながら、フォークの背で新羅の後頭部付近をべしべしと軽く叩く。
「とにかく・・・、俺は普通の量の食事がしてぇんだっつの。これ以上幽に迷惑かけるわけにはいかねぇし、流石に・・・、・・・ちょっと、太んねぇと、ダメ、かなと・・・」
「まぁその意識は評価するけど今君全世界の悩める女子にさらっと喧嘩売りまくったよね」
「?」
何で?という風にぽかん、と疑問符を浮かべる静雄に、新羅はまたかと脱力する。
―――幽くんが静雄に世話焼くのも大体わかっちゃうんだよねこれでさ・・・!!
「・・・静雄の考えは間違ってはいないよ。君、明らかに適正体重より軽いでしょ」
「うん、・・・多分」
「これ以上迷惑かけられないって言ってたけどさ・・・改めて幽くんに感謝しときなよ、どうせこれからも世話になるんだろうしね」
「・・・うん」
新羅の台詞に反論することもなく、素直にこくんと頷く大学生に、新羅は気付かれないように溜め息をつく。
―――幽くんの世話焼きっていうのは・・・なんていうのかな、この、たまに出る歳不相応な幼さに対してっていうか、なんていうか・・・
あぁちくしょうこの萌えがセルティにあればいいのにと内心猛烈に葛藤しながら先ほどの静雄の様子から考える。
今もパックのイチゴ牛乳(毎日大学生協で欠かさず購入しているらしい静雄の大好物だ)をちゅーちゅーとストローで飲んでいる静雄は、医療に関することは完全に新羅に信頼を置いている。
大学で医学を学ぶ新羅ではあるが、医者である父親の影響を受けて小学生の頃から既に診察出来るほどの知識は身につけている。
その父親にも平和島家は昔から世話になっており、特に新羅と幼馴染であった静雄は、医療に関することは岸谷父子に任せている状態である。
「栄養不足で倒れる・・・ってことはないか。寧ろ幽くんが危ない?」
「相変わらず平気で飯抜くからさあいつ・・・、あんだけ言ってんのに・・・」
はぁ、と深々と溜め息をつく静雄。・・・兄にとことん世話を焼く完全無欠に見える弟も、兄に対しては無欠ではないらしい。
「売れっ子は大変だねぇ、また映画で主役だろ?」
「あー・・・確かそんなこと言ってたっけな」
「更にハードそうだね・・・ちょっと気をつけとかないとね、兄としてさ」
「・・・そうだな」
俯き加減にストローをがしがしと噛みながら答える静雄に、新羅は笑いながらペットボトルの蓋を開ける。
「にしても俳優業がそんなに大変だとは思ってなかったよ。特に幽くんなんてさ、同年代の同業者多いみたいだし」
「・・・そーいえばそうか」
「そうだよ。ライバルも沢山いるんだしさ、無表情だけど、すごく辛いと思うな、あの仕事」
「・・・ライバル?」
聞きなれぬ言葉に静雄はきょとん、と目をしばたかせた。幽の口からも、ライバル、なんていう物々しい言葉は聞いたことがない。
「あれ?結構いるんだよ、羽島幽平をライバル視してる俳優って。幽くんから聞いてない?」
「いや全然」
「雑誌関係も色々持ち上げてるみたいだよ?なんだっけ、幽くんと同じくらい人気の俳優がいてさ、その人が映画の撮影で海外行くって記事でも幽くんのこととかいっぱい書いてあったらしいし」
「・・・そうなのか?」
「・・・気にもしないわけだ」
「・・・俺は幽が頑張ってるだけでいいんだよ」
嫌味に聞こえなくもない言葉にむっつりと返すと兄弟愛だーあぁそんな愛がセルティとの間に欲しいよーと新羅がうるさくなったので、空になったパックを新羅の顎目がけて投げるとそのまま後ろに椅子ごと倒れて動かなくなった。
周りの学生が何事かと目を見張っている間に静雄は何事もなかったかのように席を立ち、そのまま教室へ向かう。
「、あ」
食堂の出入り口に差し掛かった時、ふと思い出していそいで自販機で水を買う。
そのまま歩きながら鞄の中からケースを取り出し、蓋をあけながら小走りで席へ着いた。
(・・・まずい、息苦しい)
・・・・・・・・・・
02です。。。
初めての長編なんで不安一杯ですよぁぁあ皆さん内容分かりますかー!?;;←
静雄さんを可愛くしたいんですorz
因みに眼鏡は黒ブチですよ・・・(何)