今自分の横を歩くこの羽島幽平、もとい平和島幽という不思議な男と彼氏彼女の関係になったことは、未だにルリの現実とは言い辛い。
元はと言えば、自分を狙う人間から自分を守ってくれた幽平の機転から始まった関係なのだが、お互いのアイドルという職業柄、一度熱愛報道を出されてしまえばすぐに解消できるほど簡単なものでもなく。
とは言うが、ルリはこの男が嫌いというわけではなかった。むしろ好きの部類に入るのでは、とも思う。
それはもう、とことん無表情かつ無口で何を考えているのかは、しばらく付き合っても全くもって分からないものだが、とりあえず分かるのは、幽平はルリのことをとても大事にしてくれているということだ。
過去の境遇で、あまり人からの愛情を受け取った記憶がないルリにとって、幽平の愛は無償の愛。
何も包み隠さない彼の性格は、ルリにとっても好感を持てるものでもある。
例えその愛が、2人の関係が偽りで、即席の保険から始まっていたとしても、今は正直気になることはなかった。












幽平の家にお邪魔するのももう片手の指の数は越えた。それ以上に、彼の車には何度乗せてもらったことだろう。
慣れ始めた彼の高級マンション内を歩きながら、幽平の手にあるビニール袋をちらりと見る。
今日の昼御飯はコンビニのパスタだ。アイドルらしくないと言われてしまえばそこで終わりだが、些か何事にも無頓着なところがあるお互い、気にすることはもうない。
だが、幽平の左腕に自らの腕をからめながら歩いていた自分がどうも恥ずかしくなって、思わず彼の顔を見上げると、ほんの少し遅れて彼の黒曜の瞳と目があった。


「どうしたの?」
「そ、その・・・、こんな風に歩いてて、歩きづらくない?大丈夫?」
「大丈夫だよ、気にしないで。それにこのマンション、俺しか住んでないから誰も見てないよ」


慌てて作った本心とは違う理由に構わず、心の中を見透かされたような気分になって、ルリは顔をほんのりと赤らめた。
そんなルリに少しだけ微笑んで(何となくわかるぐらいだが)、幽平は家のドアを開けて、ルリを招き入れた。
相変わらず広い玄関で、とりあえずお邪魔します、と呟いてから靴を脱ごうとして、いつもは見ない靴が目に入った。
黒の皮靴。所々傷が付いていて、幽平が新しく買ったものとは考えにくい。
それにサイズが大きい気がする。ここまで大きいサイズは、流石の幽平でも履けないのではないか。
そう思っていたら、すぐ隣の気配が、するりとルリの横を抜けていった。
慌てて顔をあげたルリをそのままに、幽平は廊下を早足で抜けて居間に続くドアを開け、居間の中を覗き込んだ。
少し強張っていた彼の肩の力が抜けたのが、見えたような気がした。


「大丈夫、俺の兄貴が来てるんだよ」
「えっ・・・・・・」

だからおいで、という風に手招きをする幽平に、ルリの体は反射的に強張る。
幽平が尊敬する人間として、Webサイトや公式プロフィールでも載っているように、その人物とは彼の兄だ。
幽平とルリの会話の中でも彼の名前は良く登場するので、ルリも全く知らない人物であるわけではない。
だが、「彼によってベンチで殴り飛ばされた」あの時の痛みと恐怖は未だに忘れられない。
幽平にその人物の正体を教えられた時は、それはもうひどく驚いたものだ。
動けないルリが考えていることが幽平にも分かったらしく、ドアから離れるとルリの手を取った。


「大丈夫だよ。確かに怒ると怖いけど、普通に話せばいい人だから」


そう言われても決心がつかないルリを軽く促して、幽平は居間に消えていった。
正直もう少し時間が欲しかったが、人さまの玄関先でつっ立っているのもよろしいことではない。
そう判断して、恐る恐る居間につながる廊下を渡り、そろそろと居間へと顔を覗かせてみて。

ソファで静かに眠る静雄に、かちんっと固まった。


「・・・・・・・・・・・え・・・・・・・・」
「・・・・すー・・・・」


あの時見たバーテン服そのままに、ソファの背もたれと向かい合うようにしてソファに全身を投げ出して眠る金髪長身の男は、あの時の剣幕はどこへやら、くーくーすーすーと軽い寝息を立てて眠っているのだった。
予想の反する登場の仕方にここはどう反応すればいいのか、ルリが分からないでいると、荷物を全て置いてきたらしい幽平が、その無邪気に眠る体を軽くゆすぶった。


「兄貴、兄貴起きて」
「ん・・・んむ、んー・・・?」
「俺だよ、兄貴。分かる?」
「んー・・・、あぁ・・・幽、か・・・」


ごそごそと寝返りを打つように幽平に向き直った静雄は未だに眠りの世界に片足を突っこんだ状態らしく、サングラスを外したその瞳はとろとろとしていてはっきりしない。
幽平には気付いたものの、少し離れたところに居るルリには全く気付いていないようだった。


「よ・・・おかえり・・・」
「ただいま、兄貴。来てたんだね」
「近くで、仕事でよお・・・。すっげぇ疲れたから、来たはいいけど寝ちまった・・・。・・・でも悪いから、もう帰るわ」


むっくりと起き上がった静雄はごしごしと目元をこするが、イマイチ覚醒できないらしく、ぼぉーっと床の辺りを見つめている。
そのあまりにも眠たそうな姿に、ルリは彼に対する恐怖をどこかへすっ飛ばし、代わりに何か常軌からちょっと逸脱しちゃう道につながる扉に手をかけながら、慌てて幽平に言った。


「そ、そんな、起こさないであげて。私気にしないから・・・」
「・・・じゃあ、とりあえずベッドに行こう?こんな所で寝てると風邪ひいちゃうよ」
「ん・・・分かった、行く・・・」
「うん、帰らなくていいから、まだ寝てて?」


静雄の服の襟元を緩めてやりながら、幽平は静雄の人工的に染め上げられた金髪を撫でる。
その時の幽平の顔には、ルリにも分かるほどに表情が現われていて、もうルリの知る、アイドルの羽島幽平ではなく、弟の、平和島幽の顔になっていた。
撫でられるのが気持ち良かったのか、まるでどこかのスコティッシュフィールドのように顔をふにゃんと緩めた静雄は、そのままこてん、と幽の胸にその頭を預けて、再び眠りへと落ちてしまった。











その様子を見ていたルリだったが。


―――なんなの・・・この兄弟一体何なの・・・!?


その胸の内は完全に、何か常軌からちょっと逸脱しちゃう道につながる扉がぱっかり開いた状態で、残念な方向に走り出していたのであった。










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拍手ありがとうございます!
ちょっとしか静雄さん出てないな、あれおかしいななんでかな←
こんな感じの兄弟が好きなのでした。ルリさんこちらへカモンなのです。
これからも欧炉をよろしくお願いいたします!
これからも精進いたします^^










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