12ヶ月の恋模様 優しい氷の溶かし方 [1/8] コタローの体温と匂いが好きだった、のだと思う。 それ以上でもそれ以下でもないと自分に言い聞かせながら、私は肺に入れた煙を溜め息混じりに宙へと誘った。 十月も末になり、座り込んだキッチンの床も、夜の空気も、ヒーターなしでは思った以上にひんやりとしていた。 床の上に投げ出された足の血色もどんどん悪くなっていく。 パジャマ一枚じゃ、やっぱり寒い。 一人きりの2LDKじゃ、余計に寒い。 お風呂上りの体をわざわざ冷やしてまで、どうして私はこんなところに座っているのだろうか。 もう夜中にわざわざお弁当の仕込みをする必要もないし、待っていても誰も帰ってこないのに。 コタローは出て行った。 あぁ、私が追い出したんだっけ。 玄関に背を向けたまま、私はまるで他人事のようにぼんやりとそんなことを思った。 久しぶりの煙草は苦いだけで、何もおいしくなんかなかった。 しかもその匂いは、家中に充満したアロマキャンドルの甘い香りに対抗して自己主張を続けている。 入り混じる陰と陽の香りに酔ってきた私は、力なく煙草の火を脇に置いていた灰皿に押し付けた。 「慣れないことするもんじゃないわ」 そうぼそりと呟いて、私は「どっこいしょ」と零しつつ無機質な床から腰を上げた。 人工的な熱や香りじゃ癒やされなんかしやしない。 そんなことはわかりきっているのに、すがってしまう自分がみじめで、大嫌いだ。 たった一晩しか離れていないのに、だんだんコタローに会う前の大嫌いな自分に戻っていく気がする。 そのせいか、はたまた玄関先と変わらない部屋の中の気温のせいか、背中から喉の奥までぞくりと何かが通り過ぎて身震いがした。 ざぁざぁ、と冷たい音を響かせながら雨が降り出したのは、そのすぐ後だった。 こんなときに涙のひとつも流せない私の代わりに、月を追い出した空が泣いてくれているような気がした。 [*prev] | [next#] [bookmark] BACK |