- 世界は不透明すぎている(from 庭夢)
彼のあんなに険しい表情を見たのは、それが初めてのことだった。 呼吸の熱でわずかに白く曇った傘越しに、私の知らない女子と口論していた彼。 どんなに目の前を車が通り過ぎようが、広い道路を境に離れていようが、私が彼を見間違えるはずがない。
自分が一番彼に近い女子だと思っていた。 でもあんな表情、見たことない。 見せてもらえなかったから、あんな結末になってしまったんだろうか。 誰よりも側にいたなんて、私のひとりよがりだったんだろうか。
そんなことを考えていたら、なんだかやけに苛々してしまった。 家に帰ってからも、眠っても目が覚めても、彼のあの表情が消えない。 笑った顔ならいくらでも見ているのに、なぜかあの子に負けた気がする。
翌日の学校で、友達にその話をしてみた。 予想通り、みんなは彼を擁護した。 それもそうだ、彼の怒った顔なんて、みんな見たことがないのだ。 だから彼を怒らせたであろうその子に、一種の敵意を見せる。 でも違う、それはわたしのそれとは違うのだ。
居てもたってもいられなくなって、あの子のところにいってみた。 私はあの子を知っていたけれど、おそらく彼女は私を知らない。 それがやけに腹立たしくて、彼女の視線をふっと遮った。
いぶかしげにこちらをうかがうその瞳に、彼のあの表情はどう映ったのだろう。 昨日の彼はこの子の瞳をどう見つめたのだろう。 鈍い痛みを伴う胸に、答えの出ない疑問が浮かんでは消えた。
[ スピンオフ ] 6th,August,2010 BACK
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