「やっほー!黒子くんパンツちょーだい」
「……こんばんはみょうじさん」
「黒子くんおばんです。そのゴミを見るような目たまんないっす!!」
「……」
「ガン無視興奮する!」


一日の疲れに見舞われて疲れているにも関わらず夜に鼻息荒く話すクラスメイトの名前。
そんな彼女に梅雨の日ばりのジットリとした目で何かを訴えるのは黒子テツヤだ。

彼の存在を目視できる人は少ないにも関わらず、同じ部活仲間でもなくましてや最近まで話したことがない同じ教室の酸素を共有するだけの只のクラスメイトだった彼女はいつも人ごみの中であろうがなかろうが昼だろうが夜だろうが黒子を目ざとく見つけいつも同じ挨拶を投げかけてくる。

よく遊びに来る黄瀬にも最近人気が出てきた火神にも興味を示さず、ただ真っ直ぐに黒子の元へ走って向かう。黒子が大好きらしい。

しかしさすがの黒子。いつも華麗にスルースキルを発揮している。


「なまえさんもう少し黙ったらどうですか?」
「黙ったら黒子くんをペロペロできないじゃん」
「息の根を止められたいんですか?」
「本望です!!」
「脱がないでください」


カーディガンのボタンを外している手の甲に黒子の片手に持っていた本の角が綺麗に落下してゴツンといい音をたてた。
じんわりと赤みを帯びるその手に我に返った黒子であったが直後の「熱いから脱ごうとしただけ…やだぁ黒子くんったらぁ!」と嬌声をあげる彼女に哀れみしか篭っていない目を向ける。
しかしなまえはそれすらも嬉しいとニコニコと笑うだけだ。


黒子はそんな彼女に度々しこりのような疑問を感じていた。「何故自分なのか」と。


普段クラスでは目立ったことはしない、桃井の言う「バスケをしていた時の姿」ですら体育は男女別に行うので該当はしない。
今まで恋愛感情に見舞われた事はあったがそれが報われた試しがなかった。
そのため、自分が誰かの意中の人になるなんて無いと思ってたのだが。


「みょうじさんはどうして、その…僕がいいんですか?」
「へっ」
「鼻で笑わないでください」
「いや、今の驚いただけ!単純に!」


ゴソゴソと自分のカバンの中に本をしまっている最中彼女は隣で牛のような女子とは思えない低い唸り声を上げて腕組しながら考えている。
その間も歩みは途切れず、黒子はいつもどおりになまえはそんな黒子に歩調を合わせるように少しだけ早歩きだ。


「なんで?なんでかー」
「……」
「グラウンドにでっかく『日本一になります』!あれ、黒子くんでしょう」


しばし押し黙って考えたが、答えを導き出す前になまえは黒子の袖をツンと指先で軽く押して、「白いのついてたから」と笑う。
そしてそう発言した瞬間に彼女の頭の中では新幹線“のぞみ”にも匹敵するスピードで黒子のポカン顔と「白いものが袖についていた」と「黒子の袖に触れてしまった」とが一気にかけぬけているのだった。

ジワジワと夏が歩み寄ってくる中で、カランと雲ひとつ無い空の中まん丸とは言えないが少し欠けた大きな月が金色に光る。
ふと足を止めて月を見上げた黒子になまえも足を止めてふと空を見上げて感嘆の息を漏らした。


「月って地球の影を写して欠けてるんだよねぇ…」
「そうですね」
「そしたら、あの月の中には私と黒子くんもいるって事だよね」
「!」


キラリとビー玉のような大きな目が光る。
そしてゆっくりと薄い皮膚が光を遮り睫毛が降りたとき、口元はゆるく上がっていて静かに「そうですね」と答えた。


「もう黒子くんとお別れじゃん!」
「清々します」
「あれ。黒子くんコーラ飲むの?」
「いえ。僕は炭酸苦手です。」


炭酸苦手な黒子くん可愛いと妄想が走馬灯のように駆け巡る。
しばらく妄想に勤しんで呆けていたなまえの意識の外へ黒子はて早く何かを書いてコーラを渡すとさっさとバスに乗り込んで、ドアが閉まる前になまえにハイと手渡した。

初めて貰えたジュースに嬉しさ半分疑問半分だったが、家につくまでは浮き足立ちふわふわと幸せで。

明日学校休みだったらいいのにといつも思うが、今日ばかりは一日、いやあと1ヶ月は学校が休みじゃなくてもいい。黒子に会えるのだから。
黒子から貰えたからか少し苦手な炭酸も頑張って全部飲むことができた。


見上げた片思い根性だと我ながら関心する。


夢見心地も夢見心地。
何度もこれは夢なのでは疑い、何度も炭酸のキツさが現実だと誇張していて。
まるで無重力にいたような、頭の中で柔らかなわたあめが薄い膜を張っていたが、飲み干したことでその膜も次第に散り散りに。
月を見たときとは違う種のため息が自然と口をついたのを踏ん切りに夢の余韻が全てなくなる前に行動しておかねば。
ペットボトルを大事に保存するため、中身を洗う必要がある。しぶしぶキッチンへと向かう。


階段を下りてキッチンに入ってすぐ、ペットボトルの下に黒字で書かれた字に目をこれでもかと言うほどかっ広げた。
デカ目補正がなくてもいける。

そして親の注意も我関せず、駆足でドタドタと階段を駆け上がり携帯とペットボトルを握りしめた。


「あー!もうだめ!あー!死ぬ!死んじゃう!だめ!死なないで私!まだだめよ私!
 ぃぃぃいいいいやったーーー!!わぁぁぁだってこれ…くぅぅぅぅぅろこっくん!イエア!」


ゴロゴロと布団の上を転がり回る事で掛け布団が情けない音をたててしぼむが夢は膨らんでいくばかり。
下の階から親の怒号が聞こえてきたが、今ばっかりは近所迷惑なんて考えてられない。
そしてこの熱が落ち着くまでは、今は何もできそうにない。
ペットボトルに書かれたメールアドレスは致死量の幸福感を運んできたのだから。



そうよ世界は美しい


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雪子さま(ずべて解けてアイになる)より、10万打祝い