自分の心臓の音がやけにうるさい。
 流川に抱きしめられたとき、息苦しいと感じた。先程まで寝ていたからか、学ランが温かくなっていた。けれど落ち着くことなんかできなかった。




 花道の事はずっと好きだった。昔、触れた優しさに私の感情は今までずっと縛られていた。けれど、花道は一度も私をそんな感情を向けてはくれなかった。いつかは私にそれが向くのではないか、なんてことも考えた。そんな淡い期待さえ、あの男は裏切ったのだけれど。
 また、新しい好きになった女の子は、とても可愛くて性格もいい子だった。ああ、そんな子好きだよね。早くフラれてしまえば、私はまた期待出来るのに。

「ねえ、晴子ちゃんって、好きな人とか居るの?」

 たまたま同じクラスで席が近かった彼女とはよく話す仲になっていた。私は期待を含ませるような言葉がほしかったから、話し掛けたくない晴子ちゃんにこんな話をもちかけたのだ。晴子ちゃんは、顔を真っ赤にしながら、流川くんが好きなの、と呟いた。
 それを聞いて私は、安心した。それから、晴子ちゃんへの嫉妬も消え失せた。告白もできないぐずの私は、こんな風に現状維持しかしない。花道には悪いけれど、そのあとの時間はとても幸せだった。安心感が私の周りを包み込んでいた。




「流川、どいてよ」

 だから、こんなところを誰にも見られたくなかったし、早く離れてほしかった。
 心臓がうるさい。なのに、流川は落ち着いていた。胸板から離れようと押すのに身体はぴくりとも動かない。
 流川のくせに、花道と同じくらい馬鹿のくせに。混乱している頭には、先程の晴子ちゃんの言葉が反響していた。
 晴子ちゃんに対する罪悪感が胸の中に落ちた。そのまま先程消えたはずの感情がまた溢れ出した。
 流川は、私の事が好きだ。けれど、ずっと気付かないふりをしていた。それが一番残酷な事だと思っていたから。流川の事なんか少しも考えていないのだと、そういう意味で彼には見向きもしていなかった。
 これが花道だったらいいのに、そう思っていることがばれたのか、俺は花道じゃねえ、と呟かれた。
 鈍感な彼から信じられないような一言が聞こえてきて、息がつまった。

「なんで、晴子ちゃんなの?」
「……」
「私は、ずっと花道のこと見てきたのに、」
「……あいつの考えてることは知らん」

 力の差で敵わないから、途中から抵抗するのをやめていた。そのかわりに、涙を彼の服に擦り付けてしまった。「泣くな、どあほう」と彼に言われたところで、彼には私の何もかもが筒抜けだと思った。



空虚に包まれた身体
 
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bedの塩ちゃんから誕生日プレゼントに頂きました! 2013.6.14