いろいろありがとう企画 | ナノ



私はこの状況を、非常におかしいと思うのだが皆さんはどう思いますか。
目の前のベッドに腕を組みつつあぐらをかいて不機嫌ですオーラを隠しもせず踏ん反り返っていらっしゃるのは、年が一つ上の我が幼馴染西谷夕くんです。対する私はベッドの前で正座させられています。
普段であれば夕くんより身長が高い私は、彼に対し威圧感なんて微塵も感じない。ところがどっこい、なんですかこの冷や汗は。私より背が低い夕くんが180p、いや2mあるように思われるのだが。
 
『一分以内に来い』なんて大層偉そうなメールを幼馴染から承った私は、何でこいつ私に命令してんのと思いつつ、行かなければ後からギャーギャー言われるのも分かっているので中学時代のジャージとTシャツに適当なパーカーを羽織りサンダルという、近所のコンビニですら行けないような適当な服を着て家を出た。
誰かに会いませんようにー、なんて祈ったが隣の家に行く間僅か10秒、誰かに会うはずもない。夕暮れを背に浴びのんびり歩く黒猫を横目に、チャイムも押さず隣の家のドアを開けた。私が来ることが分かっていたのか単に忘れたのか、鍵は掛っていない。
夕くんの家に入れば彼のお母様が「ふふー、夕なら自分の部屋よー」とお玉を片手に持ちつつ、何故かとても愉快そうに笑いながら二階を指差した。この時点でほんの少し嫌な予感はしていたのだ。付き合いが長い分、この母親がこの笑い方をする時は決まって面倒事の最中にあるという証拠である。
黒猫にも会ったし今日は家で大人しく雑誌でも読みつつメールに気づかなかった振りをすればよかったなー、なんて思いながらも「入るよー」と夕くんの部屋の扉を開けた時だった。
 
「なまえ、そこ座れ」
 
大変ご立腹な幼馴染がそこにはいらっしゃった。
 
 
 

 
正座させられてから早5分、私の足は限界である。限界突破だ。
まさかずっとこのままにしておくわけにもいかないので、勇気を出して俯き気味だった視線をちらっと夕くんに向ければ物凄い勢いでギロリと睨まれた。やめて!もう私のライフは0よ!
怒った夕くんほど怖いものは無い。というより、怒った夕くんほど面倒なものは無い。
あれは小学校の低学年の時であったか、道端の猫と戯れていつもより帰りが遅くなった私を叱ったのはお母さんでもなくお父さんでも無く、夕くんだった。あの時の夕くんの顔は今でも思い出せば無意識に背筋が寒くなる。本気で怒った夕くんは、いつもとは打って変わったように静かになる。つまり、今現在進行形の彼である。
その時は完全に私が悪かった(それでも夕くんに怒られる義理は無い)が、今回に関しては何も心当たりが無い。それが余計に不安を煽っていた。ひえー、もう帰りたい。帰って何も見なかったことにしたい。その願いが叶うはずも無く、ついに夕くんが口を開いたのはそれから更に5分後の私の足が今にも崩れそうになっていた時であった。
  
「なまえ」
「は、はい」
 
怖い怖い怖い!うっわーこれ完全に切れてるよ!きれっきれだよ!我が家の包丁もびっくりなくらいに鋭いよ!これは私の人生エンドフラグ。
一瞬にして走馬灯のように今までの記憶がフラッシュバックしかけたが、次の夕くんの言葉で現実に引き戻される。
 
「昨日一緒に街歩いてた男、誰だ」
「はぁ?」
 
予想外の質問に素っ頓狂な声が出るがこれは仕方のないことだと思う。
続きを待ったのだが、一向に夕くんの口が開かれないところを見ると彼はもうこれ以上話す気は無く私のターンらしい。渋々ながら昨日の記憶を脳の奥から引っ張り出す。昨日一緒に街を歩いていたといえば…。
 
「ああ、あれ、彼氏」
 
一週間前くらいにできた、と付け足す。その瞬間、部屋が水を打ったように静まり返った。いやその表現はおかしい。元々静かだったのだから、まるで吹き荒れるブリザードのように部屋が一瞬にして氷点下に…なんて一人突っ込みしてる場合じゃない。
ベッドの上に座っていらっしゃった夕くんはいつの間にやらゆらりと立ち上がり、鷲から鷹の目まで鋭くなった夕くんは最早私の知っている彼ではない。へー、人間って一瞬のうちにこんなに豹変できるんだー、うわスゲー新発見!って違う!
 
「ななな、何で夕くん怒ってるの」
「別に怒ってねぇ!」
「怒ってる!それは怒っている以外の何でもない!You are angry!なう!」
「のっとあんぐりーだバーカ!」
 
発音超悪い、さすが私の幼馴染。
変なところに関心してしまったが、議題を戻そうではないか。前の時もそうだったが、私は夕くんにプライベートまで干渉される義理はないのだ。
好きな人ができようが彼氏ができようがレズになろうが、夕くんには関係ない。私たちは所詮、幼馴染という間柄に過ぎないのだから。
 
「夕くんに怒られる筋合い無いんだけど」
「あぁ?」
 
こ、怖い。夕くん本気で怒ってる。
正直言ってしまえば彼氏のことは凄く好き!ってわけじゃない。ただ告白されたから、ここは高校のノリとして付き合っとくかなくらいの気持ち。でもだからといって彼のことは嫌いじゃないし、一緒にいればそのうち好きになると思う。彼は優しい。あ、別に夕くんが優しくないってわけじゃないけど夕くんを恋愛対象として見たことがないんだ。
血も繋がってない赤の他人に、このままお兄ちゃんみたいなこと言われ続けたくない。
 
「だから!私が彼氏作ろうが何しようが私の勝手でしょ!別にいいじゃん」
「よくねぇ!」
「何で!?」
「なんとなく、だ!」
「ハーァ?意味分からないんですけどぉ。何なんですか夕くんは私のことが好きなんですかーぁ?」
 
 
もちろん冗談だ。いや冗談というより、やたらと私に干渉してくる夕くんへの嫌味のつもりだった。どうせ夕くんのことだから、真っ赤になって「馬鹿言うな!」とか「俺には清子さんしかいねぇ!」みたいなこと言うと思ってた。
ところが予想に反し、私の言葉にぴたっと動きを止め目を大きく見開いてこちらを凝視してくる。え、なんなんですかねその反応。いつもみたいに変な屁理屈並べてくれないかな。
 
「ゆ、夕くん?」
「…」
「ゆーくーん?もしもーし?」
「……そうだ」
「はい?」
 
彼はポツリと何か呟いた後、訳が分からず眉を顰めている私の肩をがっと掴んでこう言ったのであった。
 
 
 
「俺、なまえのこと好きだ!!」
 
 
 
――私は人生16年間生きてきて、ここまでアホみたいでここまで胸がキュンとしない告白を受けたのは初めてである。
 
 
「夕くんあのね」
「おう!」
「ボールを拾うのもいいけどね、たまには女の子の気持ちも拾ってみなさいよ」


少年よ、乙女を抱け!