いろいろありがとう企画 | ナノ

それいけ、でこぼこんび!


「東峰ー、彼女来てるぞ」
「今日もラブラブだな!」
 
クラスの男子のひやかしと共に教室のドアを見ると、そこには俺の彼女がなにやら小さな袋を持ってこちらをニコニコ見ながら立っていた。
俺の一つ下の学年の彼女、なまえが昼休みに俺の教室に来るのは珍しくないことだ。一緒にご飯を食べるわけではないが、たまにお菓子を作って持ってきてくれる。
片手をあげながら答え、なまえの元へ向かう。なまえは小さい口を動かし「旭さん、こんにちは」と言いながら少しはにかんだ。
 
「お忙しいところすみません」
「いや、全然いいよ。で、今日は何作ってくれたの?」
「今日は初めてザッハトルテに挑戦してみました。自信は無いのですが、旭先輩のことを考えながら作りましたので愛だけは込めております」
 
お友達の分も入ってますから、皆さんで分けてくださいねと渡されたピンク色の可愛らしい紙袋は見た目よりも重量感があった。
これから委員会があるからすぐ帰るという彼女は、ふと気付いたように首を傾げる。
 
「今日も帰りが遅いのですか?」
「うーん、俺は他の皆より頑張らなきゃいけないから…いつもごめんね?」
 
本当は寂しいはずなのに、なまえは俺の言葉を聞くとふんわり嬉しそうに笑った。最近部活に再び部活に行き始めた俺の姿を嬉しく思ってくれているらしい。
応援していますが無理はなさらないでくださいねと言う彼女にもう一度「ごめんね」と繰り返す。彼女は首を振ると頭を下げ廊下の向こうへ消えようとした時だった。
重要な用件を思いだした俺は、慌ててなまえの元へ走っていった。不思議そうな目でこちらを見る彼女に「言い忘れてたことがあって」と言いながら駆け寄る。
 
「こ、今度の日曜日なんだけど」
「はい?」
「部活が午前中だけなんだ。そ、それで、そのあの…」
 
どもる俺に、なまえはぱっと顔を輝かせた。まるで一気に花が咲いたようで、思わずこちらも笑ってしまう。
 
「久々のデート、ですね!楽しみです!」
 
何処行きます?私、張り切ってお洒落します!と大人しい彼女にしては珍しく興奮しているなまえを見ると、ああ今俺幸せだなぁと思った。
数分話しあった結果、彼女の提案で最近話題の映画を見に行くことになった。「旭さんと一緒なら何処だっていいんですけどね」と少し照れながら笑う彼女の頭を撫でる。自分とは違うふわふわとした感触に思わず頬を緩めた。
彼女が去った後に手元に残った微かに甘い匂いのする紙袋を大事に両手で持って隣の教室に向かう。4組を覗くとはやりというべきか、大地とスガが一緒に昼飯を食べていた。俺に気づいたスガが片手をあげる。
 
「今日は何だー?」
「なんかザッハ…なんだからしいよ」
「おー相変わらず何か凄そうだな!」
 
なまえが作ってくれるお菓子の名前は毎回聞き覚えのないものばかり。でも彼女が作るお菓子はどれもお店に売られていても可笑しくない程綺麗で、味も申し分ない。
何より彼女が一生懸命俺のために作ってくれた、ということが嬉しかった。緩んでいる俺の顔を見てスガは「ニヤけてるぞー」と笑ったが対照的に大地はため息をつく。
 
「みょうじさんは何でお前みたいなへなちょこ選んだんだろうな」
「それは俺も聞きたいよ…」
 
よく俺が告白したと勘違いしている人がいるが、実際は向こうからである。
実のところ告白されるまで俺は彼女と一度も話しことがなく、何度か校内で見たことある女の子という程度だった。彼女があまりにも真剣なふたつ目でこちらを見ているので勢いに負けて頷いたが、それが部活で話題になった時は西谷と田中は「えーっ2年のマドンナっすよ!旭さんずるい!」と騒ぎ大地には「別の人と勘違いしてるんじゃないか?」と真顔で言われたのを覚えている。
そうこれは後から知った事実なのだが、なまえは1年時にミス烏野の称号を得たらしい。
軽くウェーブがかかっている色素の薄い髪の毛、日焼けを知らない白い肌、くりっとした大きな目。噂に聞いた話では何処かの社長令嬢だとか。その上性格まで二重丸なのだから、モテないはずがない。
146センチという女子の中でも小さい彼女は184センチの俺と並ぶと酷い身長差で、西谷には「まるで親子っすね!」と笑われた。
 
いつもにこにこしてて一週間に1回ペースで告白されるほど優しくて可愛い彼女が、どうして俺を選んだのかは皆疑問に思っていることだが、一番理由を聞きたいのは俺自身なわけで。でも何だか聞くのが怖くて、結局何もせず半年が過ぎようとしている。
 
 
 


 
ピンクと白を基調とした女の子らしい格好に髪にリボンを巻いた彼女は、普段学校でも見るよりも100倍可愛く見えた。
映画を観終わった後はもう4時30分でどこかの喫茶店でお茶をして帰るということになりなまえはココアとシフォンケーキ、俺はコーヒーだけ頼む。
一通り映画の感想を言い終わった後、ほんの少し沈黙の時間ができた。俺はテーブルの下でひっそり拳を握る。
 
「あ、のさ…」
今日こそ、聞きたい。どうして俺を好きになってくれたのか。
 
昨日の夜決心したはずなのに、いざ本番になると上手く言葉が出て来ず視線があちらこちらへ泳いでしまう。
そんな俺を見たなまえはちょっと考えた顔になると、ことりとココアをテーブルの上に置き姿勢を正した後首を傾けながら笑った。
 
「待ちますから、ゆっくりでいいですよ」
「えっ」
 
なんで分かったの、という思いが顔に出ていたのかなまえは口に手を当てながらくすくすと笑った。ああ、可愛い…じゃなくて、
 
「な、なんで…」
「旭さん、何か言いたいことがある時眉毛がいつもより下がりますから」
 
分かりやすいですよと言う彼女に、完璧負けたなと俺は思った。ごくりと生唾を呑むと、真っ直ぐ彼女を見つめる。夕日を反射するその瞳は俺の緊張を高めた。
 
「あの、」
「はい」
「なまえは、俺のどこを好きになってくれたの?」
 
言った、ついに言ってしまった。
心臓が煩く鳴る中彼女を窺がい見ると、大きな目を丸くしてきょとんとしている。予想外の質問だったようだ。
 
「それは、」
 
なまえが口を開いた時だった。がしゃんという食器が床に落ち割れた音がしたかと思うと同時に「や、やめてください!」という女の人の声が喫茶店内に響く。
俺も彼女も思わず口を閉じそちらに視線を向けた。声がしたのは案外近くの席からで、一人の店員が高校生くらいの四人のがらの悪い男に囲まれている。
 
「なんだよ、ちょっとお遊びに誘っただけじゃん」
「てか君が落としたお茶のせいで俺の靴、汚れちゃったんだよねー」
「そりゃあ責任取って付き合ってもらわなきゃなァ」
 
下賤な笑い声、離してくださいと握られた手をなんとか振り払おうとしている手を乱暴に掴む男、そしてそれをただ見ているだけの客。
他の店員らしき人物が止めに入ろうとしたが、男たちに睨まれ勢いを失くしてしまっている。
 
どうして誰も助けないんだ、どうしよう、どうしよう、なんとかしなきゃ。
 
僅かに震える手とさきほどとは違う意味でどきどき音を立てる心臓に気付かない振りをして立ち上がる。その時見た彼女は心配そうな顔でも無く怯えた表情でもなく、ただゆるりと唇に孤を描いて今まで俺が見たことのない彼女がそこに居たと後になって思う。
 
「そ、その子から手を離せ」
「あ?」
 
思わずひぃっという感嘆詞を呑みこみ、男たちを睨む…いやただ見ただけかもしれないが。
 
「何だお前、部外者は引っ込んでろよ」
「そっそういうわけにはいかない」
「ハァ?うぜーな」
 
「もうやめませんか」
 
会話の中に高いソプラノの声が加わった。いつの間にかなまえが俺の隣まで来たようで、男たちを睨んでいる。
危ないから戻ってぇ!そう言おうと思ったのだが、その前に男たちが彼女を下から上まで舐めるように観察したかと思うと、とんでもない事を言いだした。
 
「お嬢さんが俺達と一緒に遊んでくれるなら考えてやってもいいぜ」
「なっ、お、俺の彼女に触るなっ!」
「は?なに、お前こいつの彼氏なわけ?」
 
男たちは「似合わねー!」とひとしきり笑った後なまえに目線を合わせてにたりと下品に口元を釣り上げた。
 
「こんなやつより、俺達の方がずっといいからさァ」
 
俺が彼女を隠すより先に、男の手がなまえの手を掴もうとしてそして、
 
ガッ 
 
一気に店内が静かになる。世界が一気に反転した直後に背中に強い衝撃を感じたであろう男は、気絶していた。他の三人は唖然とこちらを見る。俺はさらに唖然として、大の男を背負い投げした彼女、なまえを見た。
当の本人は周りすべての視線が自分に集中していることに気遅れすることなく、床に転がった男とその仲間をぐるっと見渡すと鼻で笑う。
 
「恥を知りなさい」
 
今まで聞いたことのない鋭く低いなまえの声色に、ぞくりと鳥肌が立つ。男たちは気絶した仲間を背負いながら無様にあわあわと外へ逃げた。
 
「さきほどの質問、お答えしますね」
 
くるりと振り返った彼女はさきほどの面影は何処にもなく、いつもの可愛らしい微笑みを携えながらこちらを見た。しかし信じられない光景を目の当たりした後では意識せずとも背筋がピシッと伸び「は、はい」なんて敬語で返事をしてしまう。
 
「私が旭さんを好きになった理由は、あなたが誰より優しい人だからです」
 
さっきだって誰も助けようとしない中、旭さんは立ち上がったでしょ?と俺の手を取りながら微笑む。
それでもまだ固まって動けない俺を見た彼女は、ごめんなさいやっぱりびっくりしましたよねとへにゃり少し困ったように眉を下げながら言った。
 
「私、家の関係で柔道を習ってるんです。黙っていてごめんなさい」
「ああ、それで…」
 
少し意外だったがそんな一面があってもいいかもしれない。うん、そうそう。たとえ俺ぐらいの体格の男を軽々と背負い投げする彼女だっていいじゃないか。な、なんか意外性があって逆に好ましいかもしれない。うん、そうだ。
無理やりにでも自分を納得させ落ち着こうと思った俺だったが、次の彼女の言葉にはぴしりと完全にすべての思考を停止した。
 
 
 
「私が旭さんの背中をお守りします。だから、安心して我がみょうじ組の頭首になってくださいね」 
  

 
  
みょうじなまえは令嬢は令嬢でも、ヤのつく職業を営む父親を持つ一人娘だった。 
 
 
 
それいけ、でこぼコンビ!