いろいろありがとう企画 | ナノ

曇りのち猫


朝から雲行きが怪しく、天気予報でも今日は朝から雨との予報があったとある日のこと。
宣言通り朝練がない日は毎朝迎えに来てくれている西谷くんと靴箱で別れた。
普段の彼であれば私と一緒にうさぎ小屋に向かうのだが、今日は「昨日の宿題をやり忘れたから隣の奴の写す!」と言いつつ急ぎ足で教室へ向かって行った。隣の席の人も大変だな。
曇天の空を見るとなんだか気分が重くなる。うん、うさぎたちに癒してもらおう。
そう決心しながら中庭の扉を開けたとき。目の前に見えたのはダンボールを持ちながら恐ろしい形相をした影山くんであった。
 
「…何してんの影山くん」
「いや、ちょっと…」
「何そのダンボール、何かカサカサいってるんだけど」
「……」
 
影山くんは非常に言いづらそうにしながらも口を開いた。
 
「朝、道端でダンボールが捨ててあって」
「うん」
「その中に、こ、子猫がいて…」
「…うん」
「今日一日雨だって聞いてたんで……」
「拾ってきちゃったんだ」
 
無言で頷く影山くんに私はため息をついた。
短い期間の付き合いながらも影山くんが見た目に反して優しい性格だということは重々承知している。
まぁ同じ状況であれば私も同じことをしたであろうなと思い、少ししょんぼりしている影山くんの頭を撫でた。身長的にきつかったけど。
 
「とりあえず飼ってもいいっていう人が見つかるまでこの子をここで預かるけど、あんまり人に口外しないこと」
 
そう言うと影山くんはパァッと嬉しそうに顔を綻ばせ(多分)何度も頷いた。なんだこいつ可愛いなでかい図体して。
 
影山くんが拾ってきた猫は掌に乗ってしまうほど小さな黒と白がまざりあい牛みたいな模様の子だった。くりくりおめめが何ともいえず可愛い。
本当はダンボールは置いて来ようと思ったが、触ろうとすると猫が引っ掻くためやむを得ずダンボールごと学校に持ってきたそうだ。周りを気にしながら大きなダンボールを運ぶ影山はさぞ怪しかったことであろう。
猫とうさぎは共存できるのだろうか、と不安になったがダンボールごとそっとうさぎ小屋に置いてみたところ、特に問題はなさそうだった。
 
「名前どうする?」
「名前、ですか」
「うん。影山くんが拾ったんだし影山くんが付けてあげなよ」
 
影山くんはしばらく悩んでいたようだったが、「牛肉…」とか呟き始めたので私がつけることにした。いくら牛に似てるからといってネーミングセンスがなさすぎる。子猫が可愛そうだ。
 
 

 

 
あの後朝のHRが始まるからと教室に戻ったはものの、授業中もあの猫のことばかりを考えてしまい全然集中できないまま昼休みになった。
付き合い始めてからというものの、いや付き合う前からそうだったのだが昼食は西谷くんと一緒に食べているのだが休み時間のうちに「ごめん!今日はお昼別で!」とメールしておいた。目的はもちろん、子猫の様子見と図書室で子猫に関する本を読み漁ることにある。
うさぎ小屋に行くともうすでに影山くんが居たので子猫は彼に任せ、図書室へと向かった。
 
「体温調節…となるとタオルとか毛布とかかなぁ」
 
猫は寒さに弱い生き物だそうだ。今は春といえどもこの天候では気温は低い。当然のことながら私が学校に大量のタオルを持っているはずがないので、急いでうさぎ小屋に戻り運動部である影山くんに余分なタオルは無いかと聞くと「部室から取ってきます」といって何枚かのタオルを持ってきてくれた。
あとは食べ物だけど、うさぎのように人参やらキャベツをあげるわけにはいかない。特に子猫の場合は猫用のミルクというものが必要らしい。当り前だがこれも持っているはずがない。
影山くんにそのことを言うと、「じゃあ俺学校終わったらすぐ買ってきます」と言われた。体育館の掃除が終了するのと部活が始まるまで少し時間があるらしい。なんとなく1人じゃ心配なので私もついていくことにした。
 
そんなこんなで、昼休みはすべて猫に費やして終了したのであった。
 
 
 
 
「なぁ、龍」
「今日は何だよ」
 
昼休み。いつも昼を共にする彼女から今日は無理メールが来たため、部活仲間の元へと訪れていた。
クラスで食べてもいいのだが、恋愛の相談相手として聞いてほしい話が西谷にはあった。
一人身の田中としては事あるごとに彼女の惚気(本人自覚なし)をされるのが面倒でこの上ないのだが、大切な友のため致し方ないと毎日聞いている。
いつもであれば顔がニヤけているので「ああ、またか」と思うのだが今日の西谷は珍しく真剣な顔をしていた。
 
「なまえの様子がおかしい」
「は?」
「朝は普通だったのに休み時間はどこか上の空だし昼休みは突然キャンセルだし」
「…ノヤ、それはまずいぞ」
 
彼氏といても何処か上の空、ドタキャン。田中の頭の中では一つの方程式が成り立っていた。唐揚げをつついていた箸をびっと西谷に向けて神妙な声で解答を告げる。
 
「ズハリ、浮気だ」
「なん、だと……」
 
付き合って三日目で全校生徒に宣言したにもかかわらず、しかもあのなまえに限って浮気ィ?と思った西谷だったが、田中のアドバイスのお陰で今回の恋愛がうまくいったこともあり彼の意見をすぐに否定することができなかった。
ちなみに田中の脳内では昨日母親が見ていた昼ドラが流れていた。
 
 
 
 

 
さようならの合図と同時に教室を飛び出す。影山くんとは校門の前で待ち合わせしてある。早く終わらせてしまわないと影山くんの部活が始まってしまうので少々焦っている。
先に影山くんの方が早く到着していたようで、私の姿を見ると以前と同じようにぺこりと会釈をしてきた。何時も思うけど、影山くんって結構律儀だ。
 
「ごめん、ま、待たせちゃった?」
「そんなことないですけど先輩大丈夫ですか」
「ちょ、と息切れが」
 
何せ普段運動をしない私が校舎の二階から校門まで全力ダッシュで駆け抜けてきたのだから仕方のないことだが、心配そうにこちらを見ている影山くんを見てるとなさけなくなってきた。普段からもうちょっと運動することにしよう、うん。
 
「そろそろ行こうか」
 
動悸がおさまり校門を出ようとした時だった。誰かが物凄いスピードで走ってきたかと思うと隣にいた影山くんが倒れる。
 
「お前かぁ!なまえの浮気相手は!!」
「はっ」
「えっ」
「どこの馬の骨か知らんが俺の彼女に手ェ出すんじゃねぇ!」
「ちょ、ちょっと西谷くん?」
 
何が起こったのか分からないまま殴られた頬を抑えぽかんとしている影山くんにもう一度手を振り上げようとして、西谷くんはハタと止まった。
 
「…影山?」
「に、西谷くん!なんか誤解してるよ!私浮気なんてしてないし!」
「だって今一緒に帰ろうと…え、影山?」
 
西谷くんは完璧に混乱しているようだ。ついでに言うと殴られた影山くんもかなり混乱していた。とりあえず西谷くんに影山くんと一緒にいた理由を説明した方がいい気がする。
私はため息をついた。あ、この感覚久しぶりだ。
 
 
 
 

 
「…猫」
「さっきからそれ何回目?」
 
学校の近くのスーパーのペットコーナーに向かいながら西谷くんはさきほどから何度も同じ言葉を呟く。影山くんは保健室で殴られた頬に湿布を貼る行くということで、結局西谷くんと二人でお買いものに行くことになった。
 
「な、なんかなまえ怒ってんのか?」
「当り前でしょ」
 
西谷くんが下を向いて立ち止まる。私は構わず進んだ。
だって酷くない?私は西谷くんのことが好きで好きで、大好きなのに。絶対浮気なんてしないのに。疑われたってことが、信じてもらえなかったってことが、凄く悲しかった。
私と西谷くんの距離がちょっと離れた瞬間だった。
 
「だってなまえ可愛いしよぉ!」
「え」
「他の男がなまえのこと見てないかすっげぇ毎日心配なんだよ!ばーか!!」
 
え、これって逆ギレ?と、思う間もなく西谷くんは私の手を握ったかと思うと
 
「でもごめん、今回は完璧に俺が悪かった!」
「ちょ、ちょっと西谷くん、ここ何処だか知ってる!?」
「知ってる!俺を捨てないでくれ!」
「捨てないから!静かにして!」
 
通りすがりのおばさんには生暖かい目で、店員さんには非常に迷惑なんだよ目で見られた。すみません、本当にすみません。
 
「わ、私、」
「ん?」
「ほ、本当に西谷くんのことす、好きだから」
「なまえ…」 
「ぜったい、浮気なんてしないから…信じてほし」
 
い、という間も無く「なまえ、好きだーーーーーー!!!!」と言いながら西谷くんに抱きしめられた。恥ずかしいというよりここ、公共の場だから!い、痛いし!
 
「影山くんにも後で謝ってね」
「………おう」
 
 
 
 
結局、あの猫は影山くんが引き取ることになった。保健室で手当てしている間に親に電話して頼んだらしい。とはいえ今まで動物を飼ったことがないそうなので、彼らが部活している間に図書室で子猫に関する情報を一枚のプリントにまとめる。
部活が終了しているであろう時間に中庭に行くと、そこにはわらわらと男子バレー部御一行がいらっしゃった。
 
「おー、これが噂の猫かぁ」
「ちっちぇなオイ!」
「皆さんで猫見学ですか。あ、影山くんはいこれ!時々猫の様子教えてね」
 
できたてほやほやの子猫の飼い方ノートを渡す。影山くんは「あざっす!!」と言いながら大事そうに鞄にしまった。
 
「なぁなまえ!」
「ん?」
 
不意に西谷くんに名前を呼ばれ、うさぎ小屋の方を見る。そこにはうさぎに囲まれている日向くんと猫を撫でながらこちらを見ている西谷くんがいた。
 
「俺たちも新居買ったら猫飼おうな!」
「う、ん……?」
 
あ、犬でもいいぞ!と言う西谷くん。いや、そういう問題じゃないんだけど。部活が終わった後でよかった。暗いから、顔が赤いのはばれない。
 
ナチュラルにプロポーズするの、やめてくれませんか。
 
 
 
その日から、毎晩欠かさず影山くんから無言(猫の写メつき)メールが送られてくるようになったのであった。

 
 
曇りのちねこ