霊感少女Sの非的日常。 | ナノ


  




夢を見た。
周りは白い空間で、不思議と頭の何処かで「これは夢だ」という自覚があった。
そこには女の人が居て、長く黒い髪が邪魔で顔が見えないけど、何か私に向かって言ってる。
 
なに?聞こえない、もっと近くに来て言って
 
―…て
 
は?
 
「かえ、して……」
 
 
何を、と聞く前に目が覚める。
変な汗が背中を伝っていて、これは梅雨の蒸し暑さのせいではないなとなんとなく分かった。
時計を見るともうすでに9時。目覚ましの音にも反応できなかったのか。
今日が休みでよかったとカーテンを開けながら思う。相変わらずの曇天である。
 
それにしても、嫌な夢だ。
この憂鬱な雨のせいだろうか。

 
 
 
 
 
目の前に置かれるアイスコーヒーを見ながら、どうしてこうなったんだっけと俺は考えた。
 
今日は珍しく学校も部活も休みで。
確か仕事行く前に街でぶらぶらしてたら偶然呼びとめられて、振り返ったら懐かしい顔があったんだ。
「久しぶり、涼太だよね?」なんて言われて。
中学校時代の俺の彼女だというのは分かったけど、正直言うと名前が思い出せなかった。
だから曖昧な笑みを浮かべて「久しぶりっスね」とだけ言うと、
 
「私のこと覚えてないの?杉本あすかだよ」
 
と少し機嫌悪そうに言われた。
こういう所、女って鋭いなと思う。
 
「あー、もちろん覚えてるっス」
 
これは本当だった。
彼女は俺の中学時代の歴代の彼女の中でも短かった方だが、
俺が付き合うにしては大人しい性格の子で妙に印象に残っていたのだ。
尤も彼女と付き合い始めてからすぐバスケにハマり、自分から別れを切り出したのだが。
 
黄瀬が別れるパターンは2つある。
案外そっけない黄瀬に「理想と違う」と身勝手なことを言って女から離れていく場合と、
付き合うことが面倒になり黄瀬から離れていく場合。
彼女は後者だった。
 
 
約1年ぶりに彼女を見る。
付き合っていた当初は肩くらいの黒髪が、今は胸の下まで伸び何処か大人びたように感じた。
薄いピンクの傘がお似合いだ。


「綺麗になったね」
 
本音半分、お世辞半分の言葉を口にする。
それでも杉本は嬉しそうに笑った。
 
「本当?嬉しいなぁ」
 
その後すぐ終わると思ったこの会話だったが、昔よりも積極的になったのか
「涼太さえよければお茶しない?」と誘われ、時間もあるしまぁいいかと思い生半可な気持ちで頷いた。
 
そして今に至るのだ。
 
近くの喫茶店に入った黄瀬と杉本はアイスコーヒーとアイスココアを頼んだ。
そういえばいつも彼女はアイスココアを飲んでたかもしれない、と曖昧な記憶が脳を掠める。
 
「今でもまだバスケ続けてるの?」
「あ、うん。もちろん」
 
突然の質問に黄瀬は不意を突かれながらも答えた。
杉本はそっか、と言いながらストローで氷をくるくる回す。
 
「頑張ってるんだね」
「まぁ…楽しいっスから」
「ところで涼太、今彼女はいるの?」
 
そう聞かれた瞬間、黄瀬は自分の周りの温度が1度下がった気がした。
どうしたことだろう、雨が降っているといえど蒸し暑いはずなのに。
自分の気のせいだと思い、質問に答える。
 
「いないっスよ」
「そうなの?でも私、昨日見ちゃったんだ」
「え、何を?」
「涼太が女の子と相合傘してるとこ」
 
ふふっと綺麗に笑う杉本に、黄瀬は心の何処かが一瞬冷えたように感じた。
 
「あの子は、彼女じゃないっス」
「彼女じゃないのに相合傘するの?涼太、随分優しくなったんだね」
 
何だろう、これ以上彼女と話していてはいけない気がする。
黄瀬は「悪いけどこれから仕事だから」と言い席を立とうとした。
が、細い手首が素早く黄瀬の服を掴んだことによりそれは叶わず。
 
「ちょ、なに」
「ねぇ本当に違うの?あの子彼女じゃないの?ねぇ涼太」

さきほどとは違い虚空の目が黄瀬を捉えて離さない。 
 
怖い。脊髄に何か冷たいものが走る。
信号はすでに危険を示した赤だ。
 
「しつこいっス!」
 
なんとかそれだけ言って彼女の手を振り切ると、伝票を持ってできるだけ早くレジへ向かった。
後ろは振り返らなかった。
 
杉本が、黄瀬の背中を見ながら「あの子が悪いのよ…」と幾度も呟いていたのを知らずに。
その目が激しい憎悪の念と伴っているのも知らずに。
 
 

 
 
 
 
 
「え、何で」
 
風呂から上がり、髪をタオルで拭いていると部屋のある異変に気付いた。
テーブルに置いてある家族写真が倒れているのだ。
 
地震でも来たのだろうかと一瞬思ったが、他のものの位置がまったく変わっていないことから
その可能性はないだろうと判断する。
 
変だと思いつつも写真を直す。どうやら傷はついていないようだ。
小夜は自分でも気づかぬうちに安堵のため息をついた。
 
 
少し気が弱そうで優男のような雰囲気を醸し出す背の高い父と、
自分と同じ亜麻色の髪の毛で綺麗に笑っている母と、
その間でとても幸せそうに二人の手を握りながら無邪気に笑っている幼い自分。
 
 
祖父と祖母に言われなくても、頭の何処かでは理解していた。
両親は、父と母は、代々続くこの忌々しい能力関連に巻きこまれて命を落としたのだと。
 
 
「…アイス食べよ」
 
今更何を考えたって仕方ない。
小夜は写真を一度撫でると、台所へ向かった。
 
 
 
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