小説 | ナノ



こたつと甘いアレ

「もう冬やなあ」

珍しく外で待ち合わせをしていた松田さんの第一声がこれだった。
確かにふわふわファーのマフラーにコート、ロングブーツを履けばすっかり冬の装いといえよう。
「それにしても寒そうとか思っていません?」
前にもミニスカートとロングブーツ姿は寒いのか暑いのかよくわからんと松田さんは言っていた。
「女の子のお洒落は我慢も必要なんですって言われたから思ってても言わへんで」
苦笑しながら行こか、と差し出された手。そっと重ねるとぎゅっと絡めるように握られた。

「それにしても一気に冬になった気がするな」
手を繋いで歩いている通りではクリスマス向けのイルミネーションが飾られている。
つい先週までは紅葉や秋の味覚が話題だったのに今じゃ寒くなったとか年末の予定とか、そんなことばかり話題に上った。
「ほんまに朝起きるのがツライ季節やわ」
「でも冬の空気って結構好きですよ。冷たいけどすごく澄んでて」
なんだか気合いが入ります、なんて言ったら松田さんは柔らかく笑う。
「俺も結構好きやで」
冬が好き、という話のはずだけど、でもやっぱり滅多に聞けない松田さんの「好き」が聞けるだけで嬉しいような、恥ずかしいような、何とも落ち着かない気分にさせられる。
だから努めて明るく、何事もなかったように私は話を続けた。
「ふ、冬といえばアレですよね!」
「ああ、アレは欠かせへんなあ」
「こたつも重要アイテムですよね!」
「せやせや、こたつがないと話にならんしなあ」
うんうんと頷き合っていたこの時は気づいてなかった。
私と松田さんにズレがあることに。

「本当はなあ、箱買いしたいんやけど食べきれるかわからへんし」
「あ、私は箱物ばかり買っちゃいます。お得感があるというか……あとまーくんも食べるのであっという間ですね」
「一箱でも結構多いで?いくら腐らんとはいえ独り暮らしで留守にすることも多いし食べきれへんな」
けど無性に食べたくなる、とぼやく松田さんがなんだか可愛くて仕方がない。
「大丈夫ですよ。私なんか冬限定とかあると買わずにいられないですし」
ここで松田さんがおや、という表情になる。しかし私はそれに気づかず、話を続けた。
「じゃあ冬になったら一緒に食べましょう!」
「ええな。こたつならあるで、うちで食べような」
「そしたら箱物中心にいくつか買ってきますね。やっぱりカップもはずせないですし」
幸い松田さんのお家の冷蔵庫は独り暮らし用にしては大きくて、しかも冷凍庫はそれなりに空いている。
どれを買ってこようか。オススメのものはいくつもあるのでまとめて買ってしまおうか。そんなことを考えている傍らで、松田さんはあれ、という表情になっていた。
「ちょお待った。ユキちゃんが言うとるのって……」
「もちろんアイスです。冬といえばこたつでアイスですよ!」
「ちゃうちゃう、冬といえばこたつにみかんやろ」
「いえいえ、みかんもいいですけど、暖かいこたつで冷たいアイスを食べるのが格別なんですって」
「いやいや、そらこたつでアイスも食うけど日本人ならこたつといえばみかんやって」

一応相手の主張を受け入れてはいるものの、お互い一歩も譲らないのはやはり食べものにこだわりを持つ二人だからだろうか。
そもそも関西出身の松田さんと関東育ちの私では超えられない壁があるんじゃないだろうかと時々思う。もしかしたらそれ以前の問題かもしれないが。なにせ以前、目玉焼きの焼き加減、味付けで一悶着したことがあった。

なんてことのない世間話だったはずなのに、目玉焼きにはしょうゆをかけるかソースをかけるか、塩かこしょうをトッピングするか、はたまた半熟にするか両面を焼くのかで白熱してしまい、初めて喧嘩らしい喧嘩をしたのだが、松田さんがここまで目玉焼きについて譲らないのにもびっくりした。

あれの決着は未だに着いていない。
お互いが好きなら好みのものを作ればいいのだが、何故だか度々意見が合わないことが多いのは食べ物についてが多かった。
他にも揚げたせんべいのお菓子の名前が違ったり、おでんに白はんぺんとちくわぶを入れると不思議な顔をされたり、ファーストフード店の略し方で戸惑ったりと東と西の違いなんて挙げたらキリがない。
ただ今回は東も西もないのだが、やっぱり譲れないものは仕方がない。

「絶対にアイスです!」

「いいや、みかんや!」

こたつにはみかんとアイス、どちらがいいか。
二人の間に勃発した小さな戦争。

「じゃあ今度の休みはこたつでみかんとアイスの食べ比べやな」
「臨むところです!ぜ〜ったい美味しいアイスを持っていって松田さんを冬のアイスの虜にしてみせます!」
「ほな俺は甘いみかんを用意しとくで。冬といえばこたつでみかんやてユキちゃんにわからせんとな」
だって、と松田さんがほんの少し声のトーンを抑えながら耳元で囁く。

「こたつでいちゃいちゃしながらみかんの食べさせあいっこする方がええやろ?」

アイスじゃできひんやん、なんて言われてしまえば肯定せざるえなくて。
決着はつかないだろう争いと思われても結局松田さんにはどうしても勝てやしなくて。
私は急激に熱くなる頬を俯いて隠しながらこくりと頷いた。


そんな冬の始まり。

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