SHORT | ナノ

sweet bunny




様々な人間が居るが、その中でも秘密を持っている人間は大半を占めるだろうと切原は考えている。
自身が所属しているテニス部レギュラー陣に当てはめて考えてみれば、真面目な性格の真田にも、何か秘密があっても可笑しくはない。
よって、無理矢理その秘密を暴いてみたいなどという子供じみた考えはほぼ持っていなかった。
しかし、仁王は別である。
何処のものか分からない謎の方言。嘘にまみれた会話。そうなると、仁王の存在自体が謎になってくる。
そんな仁王の秘密は、切原にとって極上のスパイスのようだった。言えば、ただの好奇心である。


部活が終了し、各々が部室で着替える中、一足先に制服に身を包んだ仁王はスマートフォンをブレザーのポケットに突っ込むと徐ろに立ち上がった。
「スマン、先に帰るぜよ」
全員にひらひらと手を振りながら、仁王は部室の出入口に足を向ける。
その瞬間、仁王のスマートフォンが鳴った。初期設定の電子音である。
仁王はまるでそれが聞こえていないかのように、音に一切反応する事なく部室を出て行った。どこか怒っていたようにも見える。
仁王の一連の動作に疑問を抱いた切原は、その場に残った面々の顔色を伺う。しかし、彼らが皆訳知り顔で着替えを続けているのに気付くと、感じた思いをそのまま口を出した。
「え、仁王先輩彼女居たんスかっ?」
一同が切原を見つめる。そしてそれぞれで視線を交わすと、切原を無視して着替えを再開した。
先輩達の冷めた態度に切原が何か声を上げようとするのと、着替えを終えドーナツを片手にスマートフォンを弄っていた丸井が口を開くのは同時だった。
「彼女じゃないと思うよ。気になるなら本人に聞いてみれば?」
どうやら彼はこの話に興味がなさそうである。切原は丸井の素っ気ない態度をつまらなく思い内心でチェッと悪態をついたものの口には出さない。
「そうっスね」
不服そうに呟いた切原に救いの手を差し出したのは、仁王のダブルスパートナーを務めていた柳生だった。
「恐らく、彼の電話の相手は、彼の幼馴染だと思われます」
「へ」
予想外の助け船に目を丸くする切原。
「ヒロ甘いなー。赤也、お前ヒロに感謝しろよ」
そう言い丸井は切原の頭を掻き回した。水に膨れた乾燥ワカメのようにボリュームのある髪型が、更に四方八方へ爆発する。
「へ」
「時には飴も与えないと拗ねてしまいますからね」
にこりと紳士的に笑った柳生に、切原は落ちていた気持ちが一気に高揚した。


仁王雅治には秘密がある。それは大小様々であるが、中でも飛び切り人に知られたくない秘密が一つだけ在った。
「帰り寄ってもいい?」
「良かやけど、ちゃんと家に連絡しんしゃいよ」
小学生のような風貌をした女子が白、黄、薄青と三段になったアイスクリームを美味しそうに口に運ぶ。
仁王はポケットに両手を入れながら、マフラーの下で僅かに口元を歪めた。この寒い日によう食う……。
白を完食し黄に手を付け始めた名前に呆れた眼差しを向ける。
「あ、あれ書いたよ」
「アレ?」
あれと言われ、一つの物が浮かぶが、仁王は気付かぬ振りをした。あわよくばこのまま無かった事にしてくれないだろうか、などと心の中で祈る。
「交換ノート」
名前が嬉しそうに囁いた。その瞬間、仁王は名前からアイスクリームを奪いゴミ箱に捨て、彼女が追いかけて来れない場所まで逃走してやりたい衝動に駆られる。
あの仁王雅治が中学三年生にもなって幼馴染と交換ノート。万が一部活の仲間にでも知られたら今まで築き上げた仁王雅治のイメージを崩すような悲惨な騒ぎになるだろう。
しかし、楽しそうに笑う名前を見ていると、実際にそれを行う気にはなれなかった。
「書いちゃる代わりにそれ一口寄こせ」
「ええー」
名前の持つアイスクリームにチラリと視線を寄こすと、即座に不満の声が上がる。
それをくれないのだったら交換ノートは書かないと告げようと仁王が考えるのと同時に、名前がアイスクリームの乗ったスプーンを彼に差し出された。
「はい」
何だその変わり身。ころころと変わる彼女の態度を可笑しく思いながら、仁王は名前が持つスプーンを口に入れる。
「甘」
思わず口をついて出た言葉は白い息と共に空へ消えた。







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