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dear my teacher




お昼ご飯を食べた後の五限目で居眠りをするのはまあ分かる。集中力が切れ始めたのであろう三限目から船を漕ぎだすのもまだ分かる。
人それぞれ必要な睡眠時間は違うにも関わらず、一日の時間は皆に同じ時間が与えられている。
当然、人により眠くなる時間帯は違うだろう。しかし……!!

「ねえ越前くん。起きよう」

越前くんの座席まで近付き、彼の背中を軽く叩いた。手に硬い骨の感触が伝わる。まだ一限目だよ、という言葉はすんでの所で飲み込んだ。
越前くんは想像していたより細い。初めて彼を起こした時など、その細さに声を上げそうになった。生意気そうな外見からすっかり忘れていたが、彼はまだ中学一年生なのである。
怠そうに起き上がる越前くんを確認して教卓まで戻る。
生徒の方を向くと、止まっていた授業を再開した。
「それでは、形式段落のニはどこにしましたか?」
誰に答えを聞こうかと教室を見回す。越前くんはそんな私を、机に肘をつき手の平に顎を乗せた姿勢で、つまらなさそうに見ていた。


「ねえ越前くん、眠くなるのは仕方ないと思うの」
お世辞にも綺麗とは言えない国語科準備室。乱雑に教材が積み重ねられている二つの机と対の二つの椅子を引っ張り出し、その内の一つを越前くんに勧める。
越前くんは慣れた様子でそれに座りながらついでのように返事をした。
「ういっす」
「でもそこで睡魔に負けて寝ないで」
「…………」
「なんか言ってよ」
「……ういっす」
「さっきからういっすしか言ってないじゃん」
はあと溜息を吐きそうになるのをぐっと堪える。教師になって今年で三年目だが、ここまで毎回睡魔に負けてしまう子は初めてだ。
カップにお湯を入れながら、何とはなしに越前くんに尋ねる。
「国語の授業つまんない?」
「別に」
予想外に即答で返ってきた。
「ほ、ほんとに?」
「まあ、つまんなくはないっす」
越前くんの言葉に嘘がないのか、未だつまらなさそうにしている彼の顔をじっと見つめる。すると彼は一瞬目を丸くした後、眉間に皺を寄せて私から顔を逸らした。
「……近い」
「え?」
「名前センセ、顔が近いっすよ」
「え!? あっごめんっ」
心底嫌そうに台詞を吐いた越前くんを見て、父親を受け入れられない思春期の娘が頭に浮かんだ。越前くんもおばさんに近寄られて嫌だったんだろうなと考え、一人で気落ちする。
準備室に短い沈黙が降りる中、先に口を開いたのは越前くんだった。
「難しいっす」
「え?」
「国語」
「ああ」
そうか難しかったのかと頷いた。越前くんが逸らしていた顔を元に戻す。黒くて大きな二つの瞳が、私に向いた。
彼は帰国子女である。徐々に難しくなっていく中学校の国語科で躓く場面が普通の生徒よりも多くて当然である。配慮していたつもりだったが、その気になっていただけで何の結果にも繋がっていなかったようだ。
要するに、授業が難しかったから毎回寝ていたという事だろうか。どうしたものかと考えながら、パックから淹れた緑茶を越前くんに差し出す。越前くんはそれを受け取ると、カップには口をつけずに話を続けた。
「だから、名前先生に教えてほしいっす」
「へ」
「国語。俺に」
「ああ」
国語を教えてほしい、俺に。漸く越前くんの言いたい事を理解し、頷く。
「もちろん大歓迎だよ、教えてほしいって言ってもらえて先生嬉しい」
越前くんからの思わぬ申し出に自然と笑みが零れる。越前くんはそんな私からまた顔を逸らすと、一つ溜息を吐いた。私は気にせず会話を続ける。
「何時からしようか?」
「俺、放課後はだいたい部活ある」
「そっかぁ。先生は昼休みでも放課後でも何時でも大丈夫なんだけど、越前くん厳しいかな」
言い終わり緑茶を啜ると、ズズッという音がその場に響いた。予想外に大きな音が出て驚く。申し訳なくなりちらりと越前くんを伺うが、彼は特に気にした様子もなかった。
「じゃあ昼休みで。いける時連絡したいから何か連絡先教えて」
「え」
連絡先はちょっと……と言いかけて口を噤む。流れるような動作でスマートフォンを取り出した越前くんが、それを指で軽く操作した後真っ直ぐに私を見つめたからだ。大きな黒い二つの瞳が私を射抜く。
「頼れるの名前先生だけなんだよね」
そんな台詞を生徒からもらって浮かれてしまう程度には、自分でも気付かぬ内に教師という立場に使命感を抱いていたらしい。


こうして私のスマートフォン上の連絡先に越前リョーマが追加された。不思議な事に、この次の日から私の授業で越前くんが居眠りをする事はなくなった。







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