SHORT | ナノ

ゾンビナイト




氷帝テニス部レギュラー陣は個人主義である。行動を起こす理由の一つに他人との感情の共有を求める事はあり得ない。個々に目標を掲げ、努力し、喜びを噛み締める。他者との感情の共有はそれの副産物であり、一つの結果である。
故に、馴れ合わない。頼らない。それは氷帝テニス部に共通した考えである。

チャキッと銃の引き金を引く音がした。日本において拳銃を所持していた場合、銃刀法違反に値する。しかしそれを今更指摘する者はいない。

四日前に、アメリカでゾンビが現れたと報道された。初めはそんな馬鹿なと鼻で笑っていた者も、昨日の昼間にアメリカと連絡が取れなくなってからは顔から笑みを消した。

氷帝テニス部の部長はその報道を見るや否や、近くに居た部員を全員、自宅地下に存在するシェルターに招いた。ゾンビの腕力がどれ程のものか解らない為、それでどれだけ時間を凌げるかは全く予測が出来ないが、少なくとも次の計画を練るくらいの時間は作れる。

そして、零時を回った今日、その場に集まったのは数名のテニスプレーヤーだった。

「あれ、忍足さんと芥川さんはどうしたんですか?」

シェルターの一室に鳳の声が響いた。全員が無言を貫く中、跡部が口を開く。

「ジローはここに来る途中にやつらに噛まれ自殺、忍足は襲われそのまま亡くなった」

鳳が息を飲む。その横で宍戸は眉を寄せ睨むような顔をしていた。
樺地はいつも通り跡部の隣に立ち、日吉は一人、一同から離れた場所で何の色も映していない瞳で跡部を見ている。
名前は歯を食いしばり涙を流す向日の手を握った。全身赤黒く染まっている向日の氷帝ジャージ。きっと向日は誰よりも忍足の死について理解している。

「もし他にも噛まれたやつが居たら言え。俺様が殺してやる」

全員が沈黙した。名前は向日の手をぎゅっと握る。すると、向日もまた強く名前の手を握り返してくれた。
跡部の事だ。何か意味があっての発言なのだろう。現に、跡部の発言を受け、シェルター内に居たメンバーの面持ちが固くなった。空気がピリッとしたものに変わる。

名前は怪我を1つも負っていなかった。それはつまり、名前以外の誰かがやつらに噛まれ、跡部に殺される可能性がある事を示している。
絶望が足音を立て近付いてくるのに気付かぬ振りをしながら、名前は時が動き出すのをじっと待った。

隣に座る向日が手を挙げるのが、振動で伝わった。名前は更に握る手に力を込める。向日が其処に存在する事を確認するように、その手が離れないように。名前の瞳からポロリと雫が落ちた。向日は指でそれを掬うと口に運ぶ。名前が驚き向日を振り返ると、彼は笑っていた。

「跡部ごめん。でも、お前のおかげで侑士に謝れる」

「ごめん」。そう言い、向日は名前と繋いでる逆の手を広げた。それと同時にドンッと音が上がり、銃口から煙が立ち上る。
目を開いたまま向日は頭から後ろへ倒れていく。そして床に横たわると、額から流れる血で水溜まりを作り始めた。
未だに繋いでる向日の手は暖かい。しかし、向日の魂が其処にもう存在していない事は、彼の体を確認しなくても理解が出来た。
開いている瞳を閉じてやろうと、名前は向日の瞼に手を飛ばす。しかし、その手が震えて、上手く出来ない。
向日は生きたまま星になった。
止め処なく流れる涙を止める事もせず向日を見つめていると、唐突に誰かの手に視界を奪われた。
冷たくて大きな手。真っ黒な視界の中、向日と繋いでいた手がその手によってゆっくりと離されていく。
ほんのりと届く薔薇の香り。それにより更に涙腺が緩みかけたが、眉間に力を入れぐっと堪える。

生きたまま星になれたのは、跡部のお陰なのだ。それを理解していながら、生き残った者が涙を流すのは筋違いである。

暫くして視界が開けた。突然の光に僅かに目が眩み、瞬きを繰り返す。
完全に視界が戻った頃には、隣から向日が消え、薔薇の香りは名前の元に届かなくなっていた。





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