note



2016/09/05



今更ながらハマってしまいました、国見ちゃん可愛いです。




岩泉さんは植物で例えるなら大樹だ。
花のような美しさは持たずとも、地にしっかりと根を張りたくさんの枝や葉を支えてくれる頼もしい大樹。
俺はまあ蔓草が妥当だろう。自分の足では上手く立てずうねうねとそこら中に蔦を這わせて、隠れて上手くやり過ごす蔓草。
岩泉さんは色で例えるなら青だ。
空のように何処までも突き抜けていて、海のように深い安堵を抱く青。
俺は黒だろうか。何色にも染まることなく、目立つことなくひっそりとそこらを塗り潰していくような黒。
岩泉さんは動物に例えるなら犬だ。
決して身体は大きくないけど、主人を守ろうとする頼もしくも可愛い犬。
俺は野良猫だろう。好き勝手で気ままで適当で、昼寝をすることが大好きな野良猫。
岩泉さんは天気で例えるなら晴れだ。
暑すぎてこちらまで身を焼かれそうな、けど清々しくてさっぱりするような晴れ。
俺は小雨かな。しとしとと鬱陶しく降り続くけど、小さな雨粒は何かを遮るほどの力はない小雨。
とまあつらつらと岩泉と俺を例えてはみたが、これは決して遊びなどではない。
何が言いたいのかというと、岩泉さんと俺は決して相性の良い相手ではないということだ。
似ているところなんて無くて、真反対というよりもそもそも生きているルートが違うような、そんな存在だ。
だから、岩泉さんの道と俺の道は決して交わることはない。
だって彼と俺じゃ同じ道を歩むには歩幅もスピードもきっと合わないだろうから。
だから、昨日の告白はあり得ない。
夕陽の差し込む放課後の更衣室で、彼が紡いだ「好きだ」の三文字は、きっと俺の生み出した幻想なんだ。
そう思い込まなければ、俺はどうにかなってしまいそうだった。

目眩にも似た感情を振り払うように、ボールを地面へと叩きつける。
決まったスパイクは中々の切れ味で、少しだけ溜飲が下がった。
及川さんのきゅうけーい、という間延びした声と共にコートを出て壁に凭れかかる。
「国見、」
振り返るとらっきょう、もとい金田一が俺のボトルを差し出してくれた。礼を言って受け取る。
喉を流れる液体は生温かったけど蒸し暑い体育館の中で渇ききった身体を潤してくれた。ほうっと一息着いたところでなあ、と金田一が控えめに声をかけてきた。
「何?」
「お前さぁ、何か最近上の空じゃないか?」
いや、別に部活に支障があるとかそういう訳じゃねえんだけど、と金田一はもごもごと言い淀む。らっきょうめ、変なところで鋭くならなくて良いのに。
「……最近暑いから、ちょっとバテてるだけ」
そっか、もう夏だもんなと金田一は納得したようでほっとしたような表情を見せる。金田一が単純で良かった。これが及川さんだったらこんな言い訳は通じなかっただろう。
いや、金田一が俺が心あらずなことに気付いてるのだから及川さんも気付いてる可能性が高い。「国見ちゃん、最近ちょっと変じゃない?」なんて言ってくるのは時間の問題だろう。ああ、そう思うと気が思いやられる。ただでさえ今は頭がパンク寸前なのだから。
今すぐじゃなくて良いから返事が欲しい。
そう言った岩泉さんからの告白から、もう一週間が経とうとしている。このまま放っておいてフェードアウトして欲しいというのが本音だが、彼の性格上白黒ハッキリつけないと気が済まないだろう。放置してて実力行使に出られたらたまったもんじゃないし、どうしたらいいものか。
はぁ、とため息を吐くと最近の国見はため息も多いなと金田一が言うものだから、思い切り脛を蹴ってやった。
情けない悲鳴が体育館に響いた。

「国見、ちょっといいか?」
ああ、早速だよ。
練習が終わりさあ帰ろうかと更衣室のドアノブに触れる寸前、部誌を書いていた岩泉さんに呼び止められた。
薄情な金田一は先帰ってるなとさっさと俺を置いていき、何かを察した及川さんもじゃあね国見ちゃん、なんて思わせぶりにウィンクして去っていってしまった。
諦めてそこらに放置されてた引きずり、椅子を岩泉さんの真向かいに座る。机を挟んで見つめる岩泉さんはまるで休み時間に教室でクラスメイトと喋っているような光景で、少し気恥ずかしい。
岩泉さんは悪いな、呼び止めてと部誌から目線を逸らさずに言った。
「いえ……」
「国見は賢いから、もう何のことだか分かってると思うが」
そこで初めて岩泉さんは顔を上げ、真っ直ぐに俺を見据えた。彼の力強い瞳に囚われて、少しだけ身体が強張る。
「もうそろそろ、答え出ただろ」
「あ……」
ごめんなさい。申し訳ないんですけど、俺は岩泉さんとお付き合い出来ません。だって、俺の岩泉さんじゃ住む世界というか、価値観が違いすぎます。男同士だとか、そういう以前に合わない気がするんです。だって中学からの付き合いですけどそんなに親しく話した事もなかったじゃないですか。そんな奴を好きになるなんて、きっと気の迷いですよ。
頭の中で何度も繰り返した台詞を唇に乗せようとしても、うまく言葉にならない。だって岩泉さんがあまりにも真剣に、祈るような目で俺を見つめてくるから。
期待なんてしないで下さいよ、俺は今から貴方を振ろうとしてるんです。
岩泉さんは馬鹿じゃない、告白された時の俺の表情やそれからの一週間、岩泉さんを避けていたので察しているはずだ。それなのに、なんでまだ希望があるみたいな目をしているんですか。
「……やめて、下さい」
「え?」
「俺、岩泉さんが思ってるような奴じゃないです。よく俺を知りもしないで、告白なんてしないで下さい。」
ああ、傷付けないように慎重に返事を考えてたのに、俺の口からは酷く彼を傷付けるような言葉が飛び出す。揺れる彼の瞳を見ることに耐えきれなくて、思わず俯いてしまう。ごめんなさい、岩泉さん。でも、これが俺の本音だから。岩泉さんの知らない、俺の本性なのだから。
「俺は、俺のことを知りもしないで好きだなんていう人と付き合えません」
自分でもなんて冷たい物言いだろうと思う。
こんな酷い奴を好きになったなんて、可哀想な岩泉さん。
早く、俺を好きになったこと後悔して下さい。
「何も知らないのはお前の方じゃないのか?」
「……え?」
予想してしなかった言葉に思わず顔を上げると、さっきと何ら変わらない、いや先程よりもずっと強く、彼の瞳が俺を射抜いていた。
「俺は国見が思ってる以上に、お前のこと知ってると思うぜ」
「そんな、こと」
「国見はどうだ?特に親しい訳でもないしあんまり会話したことない俺のこと、知ってるのか?」
「俺、は」
岩泉さんは狼狽える俺を見てふっと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。知らないんだろう、と言いたげに。
その表情にカッと頭に血が上った。俺が岩泉さんのことをよく知ってるかだって?
そんなの、決まってる。
「……知ってますよ」
怒りを滲ませた俺の言葉に岩泉さんはへぇ、と単調に返してみせた。
その余裕に煽られて、俺は感情のままに言葉を吐き出す。
「岩泉さんは、俺とは生き方が全く別な人です。自分の心を隠さないで、真っ直ぐで、捻くれてなくて、悪く言えば愚直です。正直、俺とは合わないなって思います」
「例えば?」
「は?」
「例えば、どういうところが合わないんだ?」
岩泉さんは遠回しに拒否されたのに気付かないのだろうか、怯まずに俺に質問してきた。
まさか細かく聞かれるとは思わず驚くが、ここで黙ってしまうのも癪だなと思い正直に話す。
「……例えば、くしゃくしゃに大口開けて笑う顔とか。俺基本的にあんま笑いませんし」
「そうか?お前無表情でも嬉しいことあったら目がきらきら輝いてるときあるし、試合中に笑ったりするだろ?」
「あんまり食べる方じゃないです。岩泉さんみたくドカ食いできません」
「国見ってゆっくり食べるだろ?俺は早食いだから食べ終わる時間はきっと同じくらいだぜ」
「運動はバレー以外は嫌いです。基本的にインドアだし」
「別に俺もアウトドア派って訳じゃねえよ。運動は好きだけど、国見とするならバレーで充分だな」
「……及川さんの隣に立てる度胸、ないです」
「あいつの隣に立つ必要なんてねえ。それに、お前はあいつと同じコートで堂々としてるだろ。それだけでお前は凄いよ」
「俺は、苦しくなったら逃げます。岩泉さんみたいに向き合う心とかないです」
「逃げてないだろ。逃げてんなら今お前はバレーしてないはずだ」
くしゃくしゃに大口開けて笑う顔も、及川さんの隣で凛と立つその背中も、苦しさから逃げずに向き合う心も。
何もかも、俺には似合わないものばかりで。
知れば知るほど、この人は俺とは違うと感じた。
はずなのに。
「……岩泉さん、俺のことよく見てますね」
「言ったろ?」
岩泉さんは悪戯が成功したかのようにニカッと笑った。
「国見もちゃんと知ってんじゃねえか、俺のこと」
「……岩泉さん」
「ん?」
「なんで、俺のこと好きになったんですか?」
ずっと疑問に思っていた気持ちが、口から溢れた。
話せば話すほど、岩泉さんに俺を好きになってもらい魅力がない。
「まだ分かんねえの?」
「分かるわけないじゃないですか」
ムッと唇を尖らせると岩泉さんは照れ臭そうに俺から視線を外した。
「俺さ、自分で言うのも何だけど鈍い方なんだわ」
「それは分かります」
「国見のこと好きって思ったとき、お前と同じこと考えたんだよ」
「同じこと?」
「国見のことよく知りもしないで好きだなんて言えないから、国見のことをもっと知ろうって」
「はぁ……」
「んで、鈍いもんだからお前のこと知るのに4年かかった」
「はぁ!?よ、4年って……」
「つまりさ、」
岩泉さんはまたあの意地悪な笑みで俺を捉える、いつの間にかその両腕は俺の背中へと回されていて、動けずにいる俺の耳元に岩泉さんの唇が触れる距離で囁く。
「一目惚れだったんだわ」
中学1年生の国見が初めて部活に入って挨拶してくれたときから。
「えっ……!?」
「はは、国見、首まで真っ赤」
角張った手で首筋を撫でられて肩が飛び跳ねる。
やっと覚醒した身体で思わず岩泉さんを押し退けるように腕の中から抜け出した。
「い、岩泉さ、」
頭の中がぐちゃぐちゃで、呼吸が乱れる。
なんで、告白されたときにはこんなことなかったのに。
どうして、涙が出そうな程嬉しいと感じているんだろう。
「なぁ、これでも俺はまだお前のこと知らない奴か?」
岩泉さんの瞳が一瞬、不安そうに揺らぐ。
見たことない岩泉さんの表情、ぐっと息が詰まる。
「俺はもっと知りたい、国見のこと、国見の傍で知っていきたい」
ああ、そうか。
俺、自分のことをこんなに見ていてくれた人がいたことが嬉しいんだ。
俺みたいな奴でも、ずっと見ていてくれていた人がいた。
こんな目の前に。
「岩泉さん……」
そっと、彼の指に触れてみる。
想像通り骨張ってて、想像以上に熱い。
初めて自分から触れた体温。
「……もっと、岩泉さんのこと教えて下さい」
真っ直ぐな瞳に捻くれた応えを返した。
岩泉さんは一瞬目を瞬かせて、ふはっと吹き出した。
「俺たち、お似合いだべ」



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -