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2014/05/21



リクエスト作品




「何してんのォ?」
間延びした声が、鼓膜に浸透していく。
ひたすらに羅列していた字を追いかけるのをやめて顔を上げると、思ったよりも随分近くに彼の顔があった。
唇から彼の名が零れ落ちる。
「靖友」
「こんな時間まで勉強かヨ、真面目だねェ」
机の上に散らばるノートや教科書たちを眺めながら、靖友はからかうようにそう呟いた。
気付けば時計は6時を回っていて、教室一面が窓から溢れた橙色に染まっていた。
「部屋で勉強すると気が散るんだよ、どうしても」
素直にそう返すとふぅん、と興味無さそうに息をついて靖友は俺の前の席に腰かける。
開け放していた窓から流れ込む風が彼の艶やかな黒い髪を無造作にかき混ぜて、そこから覗く小さな瞳が何を見るわけでもなくぼうっと揺らいでいるのを俺もまたなんとなしに見つめていた。
「もしかして待っていてくれたのか?」
今度は俺がからかうようにそう聞けば、別にィ?と俺の机に転がっている消しゴムを弾いた。
「さっさと帰る準備しろヨ」
「ん、分かった」
開いていたページを閉じてひとつひとつ鞄の中に押し込んでいると、前にもこんな光景を見たことがあったなと思い出す。
「やすと、」
なあ、覚えているか。
そう聞こうとして顔を上げた瞬間、柔らかい衝撃が押し寄せる。
彼の細長い指が髪を掻き分け頭皮に触れる。ざらついた舌が上唇をなぞって、初めてキスされていることに気付いた。
「っ、ふ……んぅ」
驚いて思わず開いた口にすかさず入り込んできた舌に自分のそれを絡める。
喉元から漏れた息まですべて食らい尽くされるような感覚に酸素の足りない脳が悲鳴を上げた。
「は、っ……」
舌の先を噛まれて思わず身体を震わせたところで漸く唇が離れる。
つうっと伝う透明な糸を指で掬って、彼の肩に寄りかかった。
「キス、上手くなったな」
「そりゃお互い様だろ」
靖友はハッと鼻で笑って俺の背中を撫でる。
もうすっかり手馴れたその感触に、俺は目を閉じて瞼の裏に一年前の彼を描いていた。
(新開、面貸せヨ)
夕暮れに満ちた放課後の教室。鞄に教科書を押し込んでいる最中、上擦った声と同時に彼の尖った歯がカチンと当たった。
衝撃に二人して飛び退いて、ビックリしたのと痛いのとで真っ赤になりながら瞬きを繰り返す俺を靖友はまた引き寄せて口付けた。
んぐ、と色気のない声を出す俺を抑え込むように腰に回された腕が熱くて、背筋が震えた。
ほんの少し、触れるだけのキスが愛しくて、胸がいっぱいになって、死んでしまいそうだった。
初めてだということが恥ずかしくて隠すようにどうだったと聞けば、すげー柔らかくて死にそうだったって靖友が答えて、思わず笑ってしまうと靖友は顔を赤く染めてウルセェ!下手くそなんだよ馬鹿!と喉を震わせた。
あどけないファーストキスだった。
それから幾度となく唇を合わせたし、それ以上のことも、何度だって味わった。
俺と靖友はお互いに初めてを、ひとつずつ奪い合っていった。
「思えば、」
「ン?」
彼の肩口から顔を上げて、夕陽に照らされるその顔を見つめる。
「初めてキスしたあの時から、俺は靖友のものなんだな」
今更、そんなことを想って嬉しくなる。
俺の最初を奪った彼が未だに俺を奪い続けている。
「んなモン、とっくに俺もだヨ」
そして、靖友も。
もうキスをしても彼の頬が初々しく染まったりはしないし、誤魔化すような乱暴な言葉も吐き出さないし、喉を微かに震わせることもない。
あどけないままの靖友はどこにもいないけど、寂しくはなかった。
だって彼を変えたのは間違いなく俺だったし、俺もまた彼によって変えられたのだから。
だからもう一度、
「靖友、キスしよう」



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