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2014/04/26



?←荒←待の報われない話。
待宮洋南大設定成人パロ。
飲酒描写喫煙描写あり。
待宮のことは好きです。




大学の初めてその姿を見かけた時、悪い夢かと思った。
インターハイのときに遠くに見た背中が何故か今は目の前にあって、食堂の受け取り口の前に並んでいるのだから。
「あ、荒北?」
その丸い頭が振り返って、薄っぺらい顔が歪む。
「アァ?」
記憶の中と少しも変わらない、尖った声。
手に持っていた半券がぐしゃりと潰れる。
間違いない、こいつは俺の知ってる荒北だ。
声すら出せないワシに対し奴は一瞬見開いた目をすうっと細めて、ベプシ奢ってやんヨと口の端を上げて笑った。

それから彼の部屋で朝まで飲み明かすような関係になるのにそう時間はかからなかった。
静岡の大学に知り合いはまずいなかったし、金城と合わせて三人でつるむことが多かった。
一緒にいるうちに知っていった彼の素性はいくつもあるが、その中でも一番驚いたのは意外にも荒北は酒に弱いということだ。
ああ見えて世話好きな荒北が唯一誰かに介抱される瞬間が、酒を飲むときだった。
今だって奴は気持ち良さそうにソファに身を預けて穏やかな寝息を立てている。
ワシはそれを見ながら同じように床の上で寝そべっている空き缶たちに混ざって眠りたい気持ちを無理矢理飲み込んで、飲み会の残骸たちをビニール袋に突っ込んでいく。
「気持ちよう寝よって……少しはこっちの身にもなれっちゅうんじゃ」
横たわる身体に乱雑に毛布をかけながら文句を言ったところで返ってくるのはイビキくらいなもんだ。
この緩みきった寝顔を眺めるのも、何回目になるか分からない。
荒北は酒が弱いくせに飲むのが好きだった。
特に、着信履歴の一番上にある名前が表示されいるときは。
「よっこらせっ……と」
一通り片付けたところでソファの前に腰を降ろす。
大口開けて眠る荒北の顔は中々に憎たらしく、鼻でも摘まんでやろうかと手を伸ばそうとしたその時、荒北の唇が微かに動いた。
「荒北?起きたかの?」
少し顔を近付けると、荒北は眉間に皺を寄せて唸り始めた。
「おーい、大丈夫か」
酔いで気分でも悪くなったのだろうかと背中を摩ると、荒北は微かに唇を動かす。
「ん?なんじゃ、水か?」
よく聞こえず彼の口元に耳を寄せた瞬間、その一言は滑り落ちた。
「ーー、」
あまりにも優しすぎる声が呟いた名前は、ワシの息を止めるには充分すぎた。

「……最低じゃ」
そう呟いても、もはやイビキすら返っては来ない。
深く藍色に染まっていた空はいつの間にか緩やかに赤く景色を染め上げ、この小さなベランダも暖かな色で包まれていた。
吐き出された息が白く濁って消え行く様は荒北が吸う煙草の煙に少しに似ていて、嫌気がする。
荒北はいつも優しくない、キツい煙草の匂いを纏っていた。
そんな荒北が、あんな優しく彼の名を呼ぶなんて知らなかった。
あんな、泣きそうなくらい愛しそうな声で呼ぶなんて。
なあ荒北、そんな声で呼んでもあいつは何処にもおらんよ。
ワシしか、ここにはおらんのじゃ。
そう思ったら、堪らなくなった。
ーーだから、その口を塞いでしまったごく自然な衝動だった。
すぐに我に返って飛び退いた。
しかし荒北はただ寝息を立てるだけ。
けどその口が濡れているのがどうしようもなく、現実を突きつけていた。
そしてワシは唇を拭っても拭いきれぬ熱さに、逃げるようにベランダに飛びたしたのだ。
(……煙草の味、せんかったのう)
きっと彼の為なのだろうとすぐに想像出来て、少し笑えた。
結局、何も変わりはしなかった。
奴にに口付けたところで、眠る荒北の目を覚ますそんな魔法を、ワシは持っていない。
それどころかきっと何処に居ても、荒北のことを思い出してしまう。
逃げ場なんてない。この暖かく染まる、狭苦しいベランダにすら。
(……阿呆らしい恋じゃな、俺も、荒北も)
後少しだけ、ここで熱を冷ましたら奴が目覚める前にベランダから出て部屋を抜け出し、家に帰ろう。
荒北が酔い潰れて眠ってしまった日はいつもそうしてきた。
そして、何食わぬ顔で大学で会うのだろう。
荒北は一度もなんで帰ったなんて聞いたりはしない。
引き止める理由がない。
彼の瞼の裏に潜む男は、自分じゃない。
ぐちゃぐちゃに沈む思考を止めるように零れた息はまた白く濁って、跡形も無く消えた。

どうしてとか何でとか言いたいことは山程あるが、口に出したところで答えなんて一つも帰ってきやしない。
あの唇がワシの名を呼ぶことなんて、一度もない。
けど、望むなら。
「……好きなんじゃよ、荒北」
声にしたところで彼の隣にいる自分があまりに想像出来なくて、少し泣けた。

響くテノールの弾丸で
(せめて殺してよ、恋心)



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