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2014/04/22



タイトルが思いつかない。
関係ありませんが新開女体化時の名前は千隼(ちはや)かなって思ってます。




頬っぺたを赤くしたわたしを見て尽八は悲しそうに眉を潜めた。
思わずごめんねって言葉がまた溢れそうになったけど、どうにか飲み込んで大丈夫だよって笑う。
「そんなに痛くなかったし、平気だよ」
「馬鹿者、お前は女子なんだぞ……顔に傷なんぞ作ってはいかん」
きっと尽八はわたしの頬っぺたがどうして赤いのか検討がついてるのだろう。
尽八がまるで自分が引っ叩かれたみたいな辛そうな声を出すから、わたしは尽八に大丈夫って何度も唱える。
「もう、心配しすぎだよ尽八」
「しかし……」
「本当に大丈夫なの、だって荒北くんに助けてもらったから」
わたしの口から零れた名前に、尽八は瞳を大きくさせた。

荒北くんとの出来事を一通り話して、渋る尽八にどうしてもお礼がしたいってお願いしてようやく彼の好きなものと放課後彼がいる場所を教えてもらった。
あいつはそういうのを素直に受け取るような男ではないし、きっとお前を救ったとは思っとらんよと尽八はわたしを諭した。
わたしだって、そんなことくらい分かっている。
けどね尽八、あの時わたしは確かに救われたの。
日が沈んで星がちらつく頃、わたしはシュワシュワと弾けそうな炭酸を目一杯つめたボトルと洗いたてのタオルを持って男子の部室へと走った。
淡い光が微かに漏れた扉を少しだけ開いて中を覗けば、ローラーを回す薄い背中が見えた。
(本当にこんな時間まで練習してるんだ……)
いくら練習熱心っていっても、さすがにこんな夜遅い時間まで練習している人はいない。
次の日に響いたらいけないし、何より体力が持つはずがない。
けど彼は当たり前のようにそこにいて、ローラーを回している。
(……始めて見たな、荒北くんがロードに乗っているところ)
わたしが今まで見たことのある荒北くんは、退屈そうに頬杖をついて授業を聞き流している姿か、歯を剥き出しにして尽八や自転車部の人に怒っている姿。
こんな風に彼は自転車を回すこと、ずっと知らなかった。
ぜえぜえ息を上げて、ギラギラと目を光らせて、ただ前を見てペダルを踏む。
わたしだってこれでもスプリンターだ、彼のやっていることは全部、ロードをやる人たちにとってごく自然なこと。
でも、荒北くんを見ていると他の人とは違うような、火照ったような気持ちが胸をいっぱいにしていく。
(格好いいなぁ)
思わずほうっと見惚れていた。
けどいつまでもここに隠れているわけにもいかなくて、扉の前で小さく深呼吸する。
大丈夫、ちょっと声をかけて、今日はありがとう、お陰で助かったよって笑って彼の好きな炭酸とタオルを差し入れるだけ。
それだけなのに、なんでここに来る前は簡単に思えていたことが、彼を見ると出来なくなってしまうのだろう。
もう少しだけ見ていたい気持ちと、今すぐここから逃げ出したい気持ちが混ざり合ってわたしの中で喧嘩する。
激しい感情の波に押されたようにとくとくと早まる鼓動に胸を抑えて、わたしは赤らんでいるであろう頬をそっとなぞる。
きっと叩かれたせいじゃない、こんなに熱いのは。
「……どうしよう」
わたし、荒北くんのこと好きになっちゃったみたい。

「新開さん?だっけか」
昼休み中、尽八と購買へ向かう途中に降りかかってきた声と同時に、目の前に何かが覆い被さってきた。
「きゃ!」
「おい荒北!いきなり何だ!」
尽八が慌てて発した名前に、びくっと肩が跳ねる。
顔に被さったものを剥がしてゆっくり視線を上げると、荒北くんがぶすりとした表情でそこにいた。
「それ、お前のだろォ?」
彼の長い指が一直線にわたしの手の中にあるタオルを指した。
そう、これは昨日どうしても部室の中へ入ることの出来なかったわたしが扉の前にベプシと置き去りにしたものだ。
「ど、どうしてわたしだって……」
「普段は他の部室練に隠れて見つけにくい自転車の部室にわざわざあの時間に来れる奴って言ったら女子部員くらいだろ?そン中でピンクにうさぎ柄のタオルを持ってそうな女つったらお前しかいねぇからな、心当たりもあるしィ?」
口の端を上げて荒北くんがわたしを見つめる。
「好きだろ?うさぎチャン」
「……っ!」
手の中のうさぎを、ぎゅっと握る。
誰からの差し入れか分からないものなら荒北くんは手をつけないかもしれない。
それでも、何かしら彼にお礼がしたかった。
それが通じなくても。
なのに、彼は差し入れの犯人を見破ったどころかわたしをこの昼休みに探し出して、タオルを返しに来てくれた。
こんな嬉しいこと、あっていいのかな。
「あ、荒北くん、ごめんね、声かければ良かったんだけど、その」
「だからさァ」
彼の鋭い目がわたしを映して、その大きな口がぐわりと開く。
「何も悪くネーのに謝ってんじゃねェヨ、バカ」
「……ありがとう、荒北くん」
やっと伝えられた言葉に、彼は「くすぐってんだヨ、荒北くんって他人行儀」と笑った。
わたしも嬉しくって、「じゃあ、靖友くんだね」って微笑む。
彼にあげた炭酸みたいに胸が弾けそうで緩んだ顔で耐えるわたしを、タオルの中のうさぎがじっと見つめていた。



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